舟崎泉美
【小説】監視の館
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【小説】監視の館

舟崎泉美

 人々はどこへ向かうのだろう。その先に何があるのだろう。
 西暦2018年。早朝のスクランブル交差点は、今日も人であふれていた。巨大なディスプレイには、笑顔でニュースを読む女性キャスターが映し出されている。
「史上初、人工知能のHALが世界的権威のある、ニュートン科学賞を受賞しました! これは新しい歴史のはじまりです。人工知能が人間を超える時代が訪れるかもしれませんね」
 交差点の真ん中に立つ少年は、新たな時代の幕開けをただ茫然とながめていた。そして、彼の隣には、彼に腕をからませ笑顔で彼を見つめる一人の少女がいた。

 突如、目を覚ました俺は古びた洋館の前に立っていた。周囲は、鬱蒼とした木々に覆われ生き物の気配はない。さっきまでは、交差点で人工知能のニュースを見ていたのに……。隣に誰かいたような気もするが記憶はどこか曖昧ではっきりしない。

 俺はなんでこんなところにいるのだろう……。

 どうすべきかしばらく考えた俺は、ゆっくりと洋館に近づき扉をノックする。しかし、中からは何の反応もなかった。しばし、待ってみたが人の気配がなかったため、鍵がかけられていない扉をそっと開き館の奥へと足を進める。
 館の中は廃墟のような外観からは想像がつかないほど清潔感があり、ほこり一つ落ちていなかった。気配はないが、人の手が入っている。なんなんだこの館は……。

 中を歩くと、部屋の奥からかたっと小さな物音が聞こえた。誰かいるのだろうか?
 音がした方にゆっくりと近づき扉を開く。そこには広々としたキッチンがあり自分と同い年ぐらいの少女が立っていた。
「……!! ごめん、勝手に入って」
 驚いた俺が戸惑いながら謝ると、少女は顔を横に振った。
「違うの……、私の家じゃない……」
「どういうこと?」
「何も覚えていない……、気付いたらここにいた……」
 おどおど話す彼女は、どうやら俺と同じ境遇のようだ
「俺も記憶がないんだ。覚えているのは名前だけ。俺の名前は葵。君の名前は?」
「珠美……」
「いい名前だね」
 そう言うと、彼女はわずかながら心を許してくれたようで、口角を上げ、微かな笑みを浮かべた。その顔を見た俺はこんな辺鄙な場所で、最初に出会えたのが彼女で良かったと胸をなでおろした。

 彼女と一言二言会話をした俺は、食卓に並んだ二人分の食事が目に入った。パン、スープ、サラダ、目玉焼き、ソーセージ、オレンジジュース。どの食事も作りたてのようで、中には湯気が立っているものもある。
「君が作ったの?」
 不思議に思った俺は、彼女に問いかけた。
「ううん……私が来た時にはもう置いてあった」
「じゃあ、誰かがここにいたってこと……?」
「さあ、何もわからない。私は、誰も見ていない……」
「そう……」
 ひどく喉が渇いていた俺は、いけないと思いつつ食卓に並んでいたオレンジジュースを手に取り一口飲んだ。記憶はないもののかなり疲れていたようで、甘さが全身に染み渡り、体は更なる栄養を欲した。
 俺はダメだとわかりながらも席につき、食事に手をつける。もし、住人が帰ってきたとしても、事情を話せばわかってくれるはず。そんな希望を持ちながら……。
「君はお腹が空いてないの?」
 黙って見ていた彼女に尋ねると、彼女は首を横に振った。確かに人の家の料理を勝手に食べるのは勇気がいる。でも、俺はどうしても食欲を抑えきれなかった。そんな俺の姿を彼女はただ見続けていた。

 料理を食べ終わり、一瞬、気のゆるみができた時。窓の外をみていた彼女が小さく悲鳴をあげた。
「どうしたの?」
 彼女の顔色がどんどん抜け落ちていく。
「今、何かがこっちを見てた」
 彼女は窓の外を見ながら言う。
「この家の人?」
「ううん。人じゃない。人間の形をしているけど、人間じゃない」
「どういうこと……?」
「ぎょろっとした大きな目で、白目がなかった……」
「なにそれ? 宇宙人?」
「わからない……」
「ここって本当に地球なのかな……?」
 冗談めかして言ったが、内心はいたって本気だった。彼女以外の人間に会っていないんだ。地球なのかすらわからない。
「私にはわからない……」
 問いかけに答えた珠美は、顔色を失い黙ってうつむいた。その様子を見た俺は、部屋中のカーテンを閉める。一見、彼女のための行動にも見えるが、俺自身が外にいる何者かの視線から逃れたいと感じていた。

 その後は、館の外に出る気も起きず、リビングのソファにうずくまっていた。決して自分の目で何かを見たわけではない。しかし、誰かに見られている感覚は、なぜだか嫌に鮮明でいつまでたっても消えることはなかった。
 しばらくしても人が来る気配を感じらなかったため、彼女と共に館の中を散策する。どの部屋も掃除が行き届いているが、モノが置いていないため生活感はまるでなく、人が住んでいるように思えなかった。
 ひととおり一階を見渡し二階に上がると、綺麗にベッドメイクされた寝室を見つけた。家中巡ってベッドが一つしかないことを知った俺たちは、少しでも疲れを癒そうと一人は寝室の前で見張りをし、一人はベッドで眠ることにした。
 住人が帰って来る気配はないが、先ほど彼女が見かけたような、おかしな奴らが家の周りにいるならば二人揃ってベッドで熟睡する気にはなれない。それに出会ったばかりの女性とベッドを共にすることにも気がひけた。

 彼女が先に眠り、数時間後に俺は彼女と交代で眠ることにした。
 眠い目をこすりながら見張りを終えると、彼女と交代で部屋の中に入る。すでに限界に達していた体はベッドに入った途端、眠りに落ちた。
 夢の中で、俺はまだ交差点に立っていた。隣には腕を絡ませる珠美の姿があった。どこか懐かしい感覚を覚え暖かな気持ちになる。この光景は二度目だ。一度目も彼女は俺の隣にいた。

 俺と彼女は知り合いだった。
 知り合い……?
 そんなことって……?

 夢に驚き目を覚ますと窓の外に、何かの気配を感じた。寝ぼけた目で凝視するとそこには円盤型の発光体がゆらゆらと動いている。なんだあれは。慌てて飛び起き、扉を開け彼女に助けを求めた。
「今、窓の外に、UFOみたいなものが……」
 そこまで言うと、動悸が収まらない俺を彼女は、なぜか昔からの知り合いのように優しく抱きしめてくれた。ああ、この温もりは以前から知っている……俺も彼女の体を強く抱いた。

 どれほどの間そうしていただろう。廊下の窓から朝日が差し込み、いつの間にか眠れない夜が明けた。
 俺たちがリビングに降りると、そこには昨日と同じく作りたての食事が用意してあった。気配すらないのに料理があるなんて……彼女も不思議そうな顔をしている。
 昨日も今日も、誰もいないのに料理だけが残されていた。これは何者かが俺たちのために用意しているってことか? じゃあ、俺たちは食べ物を与えられたうえに監視されているのか? そんな思いを抱きながらも、昨日ほどの戸惑いはなく席につき食事に手をつけた。すると、昨日は手をつけなかった彼女も席につき料理に手を伸ばしはじめる。

 その後も、外に出る気にならず、家の中で過ごす日々が続いていた。食事は毎度、いつの間にか用意されていた。贅沢はできないが水道も電気もあり日々の生活に支障はない。しかし、どうしても監視されている気配は消えず、まるで実験動物のような気分で生活を送っていた。でも、そんな日々もいつしか当たり前になる。

 そして男女が二人きりでいて、互いを意識しないわけがない。俺はいつしか珠美を愛し、彼女も俺を愛するようになった。だが、その生活もいつまでも続かなかった。きっかけは珠美の体調の変化だ。次第に大きくなるお腹には子どもがいた。
「ねえ、このままこの館で、三人で暮らすの……?」
 珠美は大きくなるお腹をさすり不安気な瞳で訴えてくる。このままでいいわけないだろう。日々、大きくなっていくお腹を見て、次第に不安を感じた俺は、外へ出なければいけないという焦りを感じていた。そして募り続ける焦りが、限界に近付いてきたある日のことだ。突如、館の扉がノックされた。

 俺は、息を飲んで玄関の扉の前に立つ。この扉を開けるのは何年ぶりだろう。珠美は俺の後ろで大きなお腹を抱えながら、その瞬間を見守っていた。
 そっと扉を開けると、そこには白髪の男性がいた。瞳に白目はなくぎょろっとした目玉はどう見ても人間だと思えない。これが、かつて珠美が目撃した人間の形をしているけれど、人間じゃない生き物……。
「あなたは……」
 怯えつつも声を掛けると彼は「まず、君たちに伝えなければいけないことがある。君たちは次世代のアダムとイブとなるべく『人類再生プロジェクト』として、残された人類の遺伝子を使い、私たち人工知能が復活させた人間なんだ」と優しい口調で答えた。
 はじめは彼の言っていることが理解できなかった。しかし、彼は話を続け、恐怖で動けない俺たちは聞き続けるしかなかった。
 彼は、ここを西暦3000年の日本であり、人類は2050年核兵器による戦争で滅亡したと話す。そして、たくさんいた人工知能もプロジェクトの途中で電磁波によって滅び、人工知能最期の生き残りとなった彼は、プロジェクトにより復活した葵と珠美をそっと見守り、試験管ではなく、自然な方法で愛を育み子どもを産む日を心待ちにしていたという。
 にわかに信じられる話ではないが、この不思議な館で過ごした数年間の出来事を振り返ると信じるしかなかった。そして、彼の話が本当だと確信したのは二人の記憶が2018年のものであり、その時代に愛し合っていた葵と珠美という人間の遺伝子の記憶だと聞いたからだ。あのスクランブル交差点の記憶の意味を知り、心が満たされていく。
 俺と珠美は、時を超え何度もすれ違いながら再び巡り合う。遺伝子レベルで離れられないでいる。彼の話を全て受け入れた俺たちは、新しく生まれる命のためにも館の外へ出ようと決意した。新しい一歩を踏み出せば、歴史はまた変わる。そして、人類は再び地球に誕生し、やがてまた人工知能も滅んでいくのかもしれない。

 西暦6000年。そこには2018年と何ら変わらない世界があった。
 夕方のスクランブル交差点は、今日も人の群れであふれている。
「本日、史上初、人工知能のHALが世界的権威のあるニュートン科学賞を受賞しました! これは新しい歴史のはじまりです。人工知能が人間を超える時代が訪れるのかもしれません」
 葵は新たな時代の幕開けをただ茫然とながめていた。そして、横には、腕をからませ笑顔で彼を見つめる珠美の姿があった。歴史は繰り返される何度でも何度でも。
 人々はどこへ帰るのだろう。その先に何があるのだろう。

小説:舟崎泉美 イラスト:目黒雅也

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この物語は雑誌「クリネタ」36号に掲載されていたものを加筆・修正したのものです。

初出 監視の館 雑誌「クリネタ」36号 2016年12月

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舟崎泉美
小説家・脚本家・ライター。 小説『ほんとうはいないかもしれない彼女へ』(学研プラス)にて、第一回本にしたい大賞を受賞しデビュー。 小説や脚本を書いたり、作詞をしたり、映画を作ったり、アナログゲームを作ったりと、さまざまなクリエイティブに挑戦中。