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第2回「地方の町は、こうしてできている」

 NPO法人は、立ち上げまでに三か月を要する。告知期間が一か月、その後、所轄官庁である静岡県の審査に二か月である。単なるNPOならこうした手続きは不要だが、責任のある立場で仕事をするなら、法人格は必要だ。

「NPO法人が、県から認可されたぞ!」

 八月に入ってすぐに、理事長の井田さんから連絡がきた。井田さんは、さっそく下田市と、移住政策と空き家バンクをどのように運用するのか、話し始めるという。下田市は、こうした政策で、他市町に周回遅れくらいの遅れを取っていた。

 年間100万人もの宿泊客が訪れる観光地だから、人口減が目に見えにくい点はあるものの、南国らしく総じてのんびりもしているのだ。

 季節は夏の真っ盛り。そんな頃、僕はと言えば、連日、朝七時半から夕方五時まで入田浜に詰めていた(写真)。

 入田浜は、下田市内にある九か所の海水浴場の中では、中くらいの広さだが、コンクリートによる護岸工事がなされておらず、ファンの間では「ハワイのようだね」と評判の美しいビーチだ。水質は、沖縄クラスのAAランク。僕と妻が下田に移住したのも、このビーチに惚れ込んだからで、僕らの家は、歩いて10分ほどの山の中にある。

 下田に移住して十五年目となる昨年、僕は地元である吉佐美(きさみ)区の理事に就いた。吉佐美区は、市内に四十ある区の中で、二千人もの人口を擁する最大の区だ(下田市の人口は二万人余)。この区がさらに七つの地区に分かれ、その地区の代表が理事である。地区はまた七つの組に分かれ、組長が組を束ねる。組長を束ねるのが理事の役割で、その上には区長と区長代理がおり、この九人で、吉佐美区の管理、事業の運営をしている。

 理事は、月二度ほどの各組長への回覧板配り、春の草刈り、五月の鯉のぼり掲揚、総代会の開催、区民による一斉清掃の監督、法人会員の区費の集金、夏季対策事業の集金、敬老の日の記念品配り(一人ひとり訪問する。生存確認も含まれているという噂…)、祭りの警備、文化祭の準備に片付け、防災訓練や津波訓練の監督、臨時総代会の開催と、毎月のように仕事があり、さらには毎月、理事会が招集される。

 こうした中、理事が中心となって、地区の陳情を吸い上げる。例えば、浜近くで夜の暗さ対策として、予算の節約から、区長が太陽光センサーライトをホームセンターで購入してきて、僕や区長代理、地元の電気屋さんが手伝って、電柱に設置した。地元の小学生の陳情も取り上げられて、横断歩道に黄色と黒の横断旗が設置された。かごは市の負担、旗は区の負担である。

 小学生の陳情まで実現するのだから、侮りがたいというか、たいしたもんである。ダメダメな話が多いニッポンの地方だが、ところどっこい、現場はなかなか頑張っているのだ。

 ただ、理事の仕事もこの程度なら、本業を持っていても何とかはなる。しかし、吉佐美区の理事は、これだけでは済まないために、市内でも「大変でしょう」と声を掛けられるほどである。

 それが夏の海水浴場の監督、運営だ。七月に入ってすぐ準備にかかり、八月の最終日曜日まで、約二か月間にわたって毎日拘束される。これなど、勤め人なら無理である(実は、この運営方法が行き詰っており、大改革が必要なのだが、その話はまた別の機会に)。

 しかも砂浜は暑い! 四十℃越えは当たり前の毎日だ。ビーチリゾートの多い東南アジアなら、ビーチボーイたちがやるような、パラソルの貸し出しと設営や、駐車場の管理などを、「ビーチおっさん」、「ビーチじいさん」が励むのだ。全員赤い野球帽をかぶり、「吉佐美区」と背中にネームの入ったブルーのTシャツ着用である。

 ビーチでは、大勢の子供や若い人たちが歓声を上げて、夏の海を楽しんでいる。それを支えているのが、地元の高齢者たちなのだ。しかも全員がやる気満々で取り組んでいるせいか、あまりにヒートアップしすぎて、ときにには喧嘩になることもある。

 こうした諍(いさか)いの類を収めるのが、売上の管理と並んで、理事の最大の仕事だが、諍いは、客同士でもいろいろと起こる。昨年はこんなことがあった。

「大五さん、盗撮魔らしいやつがいるんです。僕たちでは埒が明かないのでお願いします!」

 そういって、大学生のライフセーバーが本部に駆け込んできた。

「よっしゃ、わかった!」

 僕は、赤い野球帽を目深にかぶり、砂浜を駆って現場に急行する。

「盗撮はダメでしょ」

「そんなことしていませんよ!」

 なぜかビキニ姿の中年男が、スマホ片手に怯えて見せる。

「こいつ、絶対にやってたもん! 私たちが保証するよ」

 こちらもビキニ姿の若い女性が、ぷんぷん怒って、収まりのつきようがない。

 結局、この時僕は、連携している地元の駐在さんに連絡をして、駐在さんが本署から担当を呼び、始末書で収まった。

 そんなこんなで僕がビーチで多忙な毎日を送る中、NPO法人伊豆in賀茂6は、下田市と業務委託契約を結び、九月から本格的に、空き家バンク事業が始まったのである。(次週に続く)

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