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ADHDマサコさんに約束の仕方を教える

マサコさんはよく、唐突に電話をかけてくる。ADHDだから、思いついたことがすぐ言葉と行動に出るからだ。
前にも書いたけど、マサコさんとは私の母のこと。

ある日、渋谷を歩いていたら携帯が鳴った。電車の中でで出られなかった不在着信も1本あった。
電話に出たとたん息をつくひまもなく言われるのはいつものこと。

「あんたちっともつかまらない。電話に出ない」

私は平日は仕事をしているからね。電話に出られないこともあるよといくら伝えてもだめなことにはもう慣れたけれど、この日の電話の内容は、少しあとまでひきずることになった。

「お彼岸だから明日墓参り行くことしたから、あんたも一緒に行かないかと思って」
ー残念だけれど明日は予定が入っているよ。
「あんたどれだけおばあちゃんたちにかわいがってもらったかわかってるの? なにそれ」
ーいや、明日がだめなだけで行かないとは言っていない。どうしても明日行くなら、私は別の日に行くから。
「あんたってほんとに冷たい子。いいわよ、もう」

ガチャリ


理不尽なのは相手のほうだと頭ではわかっているのに、結局言い合いになって、背中に鉄板が入ったかのように重くなり、体調が悪くなった。
困った母を持つ人には、この感覚がわかるのではないかと思う。期待に答えない娘、母を落胆させる娘。母子密着型で期待をかけられてきた娘が背負いがちな、理不尽な罪悪感。どうしたって明日は行かれないのに、行かれずに母の機嫌を損ねた自分を責めてしまって、この日の午後は、台無しになった。

若い頃はそのまま沈没していたけれど、もう十分大人になっていた私は、翌日マサコさんに電話した。

「昨日の電話だけどね、本当はマサコさんは私と一緒にお墓参りに行きたかったんだよね。違うかな。だからもし次に同じことを思ったら、私にそのまま伝えてくれるといいと思うよ。
一緒にお墓参りに行きたいなと思うんだけど、いつなら大丈夫? って。急に思いついて次の日じゃ、無理なことも多いよ。だから少し余裕を持ってね。そうしたら気分良く一緒に行けるよね。」

マサコさんは最初「何よ!」と怒ったけれど、しばらく沈黙してから、「ふん」と言って電話を切った。

次の年、マサコさんはお盆の2週間前に電話をかけてきた。
「一緒にお墓参りに行きたいんだけど、いつなら行ける?」


ADHDの人は、生きづらさを抱えていることが多い。上手に立ち回れないことについて向き合わないまま大人になった人に、うまくいく方法を例文などを用意して具体的に示してあげることは、大切なことなのかもしれない、と思う。

若い頃は偉そうに何を言うかと拒絶されたけど、年老いて役割が逆転しはじめてから、地道にこんなフィードバックを繰り返して、マサコさんは少しづつ、変わった。
もし近くにADHDの人がいて、ちょっと理不尽だなと思うことがあったら、うまくいく具体的な例文を。マサコさんに学んだことのひとつ。

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