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坊っちゃん・この露悪のただ中に

野上鉄太郎教授
「長々とした休講すまない、次の課題図書を選ぶのにかなーり悩んだ、が、この息苦しき世の中にマッチするんでないか?と夏目漱石『坊っちゃん』が思い浮かんだのはついおとついである、さーて、開化開化と浮かれ果てた明治の果てに、行ってらっしゃい」

あらすじ

兎に角
曲がったことが大きらい。

な主人公坊っちゃんが物理学校(東京理科大学の前身)を卒業して紹介された就職先である愛媛県松山市の尋常中学校の数学教師に赴任してから学校という閉鎖された空間の、人間社会の偽善と露悪に辟易して退職するまでの1ヶ月のお話。


問題提起・「晒し」に遭う坊っちゃん

現代は露悪の時代である。
お前嫌いだ、気に入らねえ。ならいなくなっちまえよ。と言ったもん勝ちな風潮があるが、これの最大の問題点は、気に入らない点の原因である自分の中の違和感の解決も対策も考えず、自分が起こした露悪の収拾もする気がない。

やったらやりっ放し、放ったゴミがそのままだから皆、不快になるのだ。露悪をかまして気持ちいいのはてめえだけ。
と前置きしておきたい。

さて、赴任早々坊っちゃんはどこそこの店でソバを何杯食った。団子を食った。温泉で泳いだ。と連日行動を黒板にイラスト付きで描かれる、という今で言うSNS晒し的な陰湿ないじめに遭う。
「誰がやったんだ?男らしくねえ」と叱っても生徒たちは「しかし…ぞなもし」ではぐらかすばかり。


地方の中学生=純朴なイメージは幻想

この時代の尋常中学校の生徒というのは比較的裕福な家庭の子で成績優秀でないと入れないのですでに

「俺ってエリート」な自意識埋め込まれている鼻持ちならないガキどもになっている。

東京から来た、というコンプレックスをくすぐられる存在である坊っちゃんを教師とも思わず揚げ足取ってイジリ授業妨害、さらに宿直で坊っちゃんの布団に大量のイナゴ投入。という悪質ないたずらをかまして悪びれもしない。
「おまえら、なんでこんなことをする?」と坊っちゃんは叱るのだが、

なんのこたあない、生徒たちは異質なものを攻撃して愉悦に浸っているのである。
逆接的に言うと、愉悦のための攻撃。

勉学のストレスによる自分の毒は解放されるし、意志疎通の取れない江戸っ子なんかいじめ抜いて追放しちまった方が清々するのではないか、と教師いじめに嬉々としている。

上司である教頭の赤シャツも坊っちゃんの言い分を聞かず生徒たちを庇うんだからもう踏んだり蹴ったりである。

自分が攻撃される側になるまで(何歳になっても)内省しないのが人間というものの度しがたい点。


教師たちのドロドロした人間関係

作中ずっと、坊っちゃんは不正だらけの周囲に怒っている。
帝大卒の教頭赤シャツは部下のうらなり君から婚約者マドンナを奪うし、

(財を失ったうらなりから赤シャツに乗り換えたマドンナも随分な女なんだぜ)

赤シャツにへつらう美術教師、野だいこも英語教師、古賀も気に入らない。
「でもね、当直中に温泉に出掛けたあなたも悪いですよ」と皆が坊っちゃんを避ける中率直に苦言を呈してくれたのが数学教師で同じく曲がったことが大きらい、な山嵐。
坊っちゃんは「仲間」を見つけた…

坊っちゃん&山嵐の逆襲

うらなり君の理不尽な転勤、学生同士の喧嘩を収められなかった、という責任で山嵐はクビにされる。
全ては職場という自分が気持ちよくなれる「城」を守りたいだけの赤シャツの陰謀だった。

と知った坊っちゃんはもう堪忍袋の緒が切れる。

婚約者マドンナがいるにも関わらず芸者通いしている赤シャツ達に報復するため何日も芸者屋前で刑事の如く山嵐と交代で張り込みをし、朝帰りした現場を押さえて、
言い訳出来ない状況に追い込み、
(週刊誌デジタル版の手法)
生卵投げつけた上でフルボッコの制裁を食らわせて清々とした心持ちで山嵐と別れて学校を辞めて
「この不浄の地を去った」のである。

作者夏目漱石先生にとって教師やってる事が苦痛だった息苦しさが伝わる小説。

作中でこれだけディスられながらも「坊っちゃんの湯」として観光誘致している松山市、強い。


拠り所、清《きよ》さん

曲がったことが大きらい。
なため坊っちゃんは生家の家族からも粗略に扱われて育った背景が本人の独白からも伺える。
唯一彼を認めて「坊っちゃんは、よいご気性ですよ」と庇ってくれたのがお手伝いの清さんだった。

彼女は手紙をくれたり、時々夢に出てきたりしてストレスフルな坊っちゃんの教師生活の中で癒しになってくれる存在。

結論

人はどんな過酷な目に遭っても、一人でもいい、自分を認めてくれる人間に出会えればなんとか生きていける。
どんなへまや挫折をしても、
「でも坊っちゃんは、よいご気性ですよ」
という言葉が欲しいのですよ。


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