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有限会社自転車操業

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超癖が強い税理士と、平成生まれど根性女子コンビが社会の理不尽に立ち向かう話。導入部はご近所サスペンス風。
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有限会社自転車操業1諭吉って好きですか?

有限会社自転車操業1諭吉って好きですか?

就活浪人1年目の双葉が面接前に必ずする事は、面接先の近くにある神社にお参りしてどうか、採用されますように!とぱんぱん、と柏手を打って賽銭箱に5円玉を投げ込むゲン担ぎ。

有名無名株式有限64社に振られた双葉は、5かける64でもう神様に320円お賽銭渡しているけど…お願いなんて叶わないのに。

と薄く片頬で笑いながらすり減りかけたパンプスを履いた脚で小走りで赤い鳥居をくぐり抜ける。

面接先は、稲荷

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有限会社自転車操業2・あの萬札野郎め!

有限会社自転車操業2・あの萬札野郎め!

面接の帰り、自宅アパート最寄りのコンビニで双葉はコンビニスイーツを3つ買った。
「がっつり食いたいんで、おっきめのスプーン下さい!」

は、はい!と双葉の迫力に半ばのけぞりに答えたオーナーの奥さんは、

あらー、今回の面接で嫌な思いしたのかね。

と常連客の双葉がコンビニスイーツ3つ買いをするのはめっちゃキレてる時、と心得ていて

「Pontaカードのポイント380円分貯まっているけど使います?」

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有限会社自転車操業3固定給福利厚生付きの「枷」

有限会社自転車操業3固定給福利厚生付きの「枷」

拝啓

時下ますますご清祥のことと御慶び申し上げます。

この度は弊社求人にご応募頂きまして、誠にありがとう存じます。

慎重かつ厳正に検討いたしました結果、皆藤双葉様を採用させていただきたいという結論に至りました。

正式な入社手続きはこれからになりますが、まずは内定の御通知を申し上げます。

入社にあたってに必要な書類を同封いたしましたので、御一読頂ければ幸いです。

敬具

追伸、分からない

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有限会社自転車操業4・近所のすてきなお師匠さん

有限会社自転車操業4・近所のすてきなお師匠さん

第4話 近所のすてきなお師匠さん

近所のすてきなお師匠っしょさん

それは双葉が、九条税理士事務所に出勤し出してから3日目の仕事の帰りだった。

「まあまあ皆藤さん」

と年の頃50半ばの和服姿のご婦人が肩に掛けたショールの前を片手できっちり重ね、

もう片方の白魚のような手でおいでおいで、と双葉を手招きした。

そしてビジネススーツの上に黒コートを羽織ってマフラーで首をぐるぐる巻いた、いかにも

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自転車操業5・マスコットさわらくん

自転車操業5・マスコットさわらくん

マスコットさわらくん

「で、どないやろか?」

と商工会長が税理士九条敦の目の前の机に五体のフェルト人形を並べて見せて、ちら、と若い税理士の端正な顔を見上げた。

黒縁眼鏡の奥の彼の眼は平安貴族の恰好をして恨めしや、と両手を構えたマスコット「さわらくん」を一応手に取って眺めて見て再び机の上に戻すと

「で、これを長岡京市のゆるキャラにしようと?」

と冬の琵琶湖の水面《みなも》の如き寒々とした眼

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有限会社自転車操業6・お裾分けの行方

有限会社自転車操業6・お裾分けの行方

「ほんっとーに些細な話なんですが」

と双葉が弁当箱の中の白ご飯の上にふりかけをまぶしている時、お金のプロである上司に世間話風に聞いてみた。

「なんだね?皆藤くん」

と敦はほうじ茶を一口飲み、さっきコンビニで買った鮭弁当のご飯から梅干しを取り除きながら、

さあかかってこい。どーんなくだらん質問でもオッケーだよ。

と余裕の笑みをかましてくれた。

「コンビニや小売店で貰うレシートってあれ、捨

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有限会社自転車操業7・落ち着くんだ、双葉くん

有限会社自転車操業7・落ち着くんだ、双葉くん

さて、双葉が富子先生から貰ったのは片手のひらにすっぽり入る位の南部鉄器の急須。

「これでお茶を淹れると不思議と味がまろやかになって美味しくなるんや」

と桐の箱ごとそれを貰い、

最初の三日間は添え付けのアルミ製の茶こしに茶葉を入れて薬缶で沸かして湯冷まし代わりのご飯茶碗に入れ、

少しぬるくなった湯をその急須に入れ飲んだお茶は本当に甘味があって美味しかったので帰宅するとすぐにその急須で淹れたお

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有限会社自転車操業8・薄情社会

有限会社自転車操業8・薄情社会

ストーブの上に置かれた小鍋の中の甘酒がふつ…ふつと音をたてて糀《こうじ》の甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

あ、自分はお腹が空いているんだ。

と富子先生の遺体発見から現場検証、署での事情聴取、とこの3時間ずっと緊張しっ放しだったことに気付いてふうーっとため息を付き、

「なんか、こんなことになってすいません…」
と事務所のソファから半身起こして鍋からお碗に甘酒を注ぎ入れる敦に詫びた。

一旦上の階に

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有限会社自転車操業9・嘘だらけの富子

加納スミ子62才、三重県出身。

地元の公立高校を卒業後、大阪に出て飲食店のウェイトレス、ブティックの店員、デパートの化粧品店の店員等いくつかの接客業を経てミナミのクラブホステスとなる。

銀行員である最初の夫とはクラブのホステスと客として知り合い一年後に結婚。専業主婦となるも嫁姑問題で3年で離婚。

娘の親権を夫に取られて再びホステスの世界に。

キタ新地で知り合った京都の不動産業、東村壱造《ひ

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有限会社自転車操業10・避難地帯

自室の惨状を一目見るなり双葉が

きゃ、きゃああああああー!

とあらん限りを悲鳴を上げたので加寿子さんは発車してすぐ急停止し、買い物から戻ったばかりの隣室の住人で左官のケンさんが「どないしたんや!?」と駆け付けてくれて、

そして双葉はこの三日間で人生二度目の110番通報と、現場検証警察からの事情徴収を受ける事となった…

「とりあえず落ち着くまでこの部屋使ってていいから」

と夜中に電話で起こ

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有限会社自転車操業11・オーバーフロー

その地区の内科医院横の坂道の下にあるゴミ置き場では不燃ゴミの回収がきっちり朝8時半、という早い時間帯なので前日の4時過ぎ頃から市指定の袋に入った不燃ゴミが3、4つは置かれていた。

時期は二月、夕方六時半。

彼女は小柄な体に紺色のダウンジャケットを羽織り、編み込みの帽子を目深に被って麻のエコバッグに隠し入れていた不燃物のゴミ袋を出し、とっとと捨ててしまおうと屈んだ時にちょうど前方に居た誰かが手に

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有限会社自転車操業12・箪笥の奥

ちょっと敦《あっ》ちゃん、そこの奥にある帯留め取ってくれへんか?

と母に頼まれて和箪笥の引き出しを開けた時の虫除けの樟脳の、脳天を突くような臭いが敦は嫌いだった。

あれは確か8歳か9歳の頃。いつも洋服ですごす母が月に一回、和服に身を包んで何処かに泊まりに出掛けて翌朝には帰って来る。

きっと男に逢っているんやろ、相手は敦ちゃんの実の父親かもしれへんな。

夜中、自分を泊めてくれた近所の夫婦がそ

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有限会社自転車操業13・カラクリ

華道師範東村富子こと加納スミ子が殺害されてから8日後の土曜日午前10時。

事件現場である東村家の居間には山根刑事と相棒の中村刑事、そして容疑者の実の息子で司法書士の東村孝明《ひがしむらたかあき》が二人の刑事たちに向かって

「私が15で、高校受験が終わってすぐに親父が富子を家に連れて来ました…『考ちゃんよろしくな』って、第一印象から馴れ馴れしい、いけ好かない女でした。
ええ高校受かりはったなあ、

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有限会社自転車操業14・代償

エピローグ・代償

ストーブの上ではじじじ…と音を立てて丸餅が膨らんでいる。

ここは自転車屋「自転車操業」の店内。

白い円形の石油ストーブを囲んで自転車屋の店主と敦と双葉が正月の余り物の餅を焼いている。

「チーズとあんことくるみ味噌、どれを付けて食べる?」

「くるみ味噌に挑戦してみます」

「そのチャレンジ精神、おじさんの好みだがや~」

と店主がにたりとすると「その発言は若い娘さん相手に

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