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甘い静かな時間 4

「僕は先に下に降りますね。
それ飲んだらご主人のもとにお戻りください」
「今日はありがとうございました。では当日お待ちしています」

と言って私をおいて彼は下へと降りていった。
私は、フレーバーティーを飲み終えたあと、夫の待つ3Fへと降りていった。
案の定店長とかなり会話が弾み楽しそうにしている。

「あっ奥様、早くこちらへ一緒にピザはいかがですか」
と笑いながら呼んできた。
「あや、フレーバーティーは美味しかったかい?」
と、夫も続いて話してくる。

なぜ知っているの?
私のために特別に入れてくれたフレーバーティーだと言っていた。
それを夫に知られてしまった?
と、思っていたら

「さっき早坂君だっけ?
あやにおすすめのフレーバーティーを飲んでもらっているから、しばらくしたら降りてくると思うと言っていたんだよ」
と、夫が言った。

そういうことか、彼なりに気を使った言い方をしてくれてたんだ。
と思いながら、周りを見渡したが彼はいなかった。

私のその行動に気づいた店長が、
「奥様だけそのままにしてくるなんて申し訳ありません。
カフェの階が忙しくなったので、戻ったようなんですが」と。

「いえ、こちらこそ忙しい中ありがとうございました。
とっても美味しかったです」
と、夫の横に座りながら店長に伝えた。

違うんだ。
彼がそそくさと私をおいて降りたのは、私のせいだから彼は悪くないんだと言いたかった。

しばらくピザとワインを楽しんだ私たちは
「そろそろ帰らせていただきます」
と、夫が言った。
「そうですか。
朝倉様はとっても楽しいお方です」
「また、プライベートで一緒に食事をお願いしたい」

「僕の方こそ!店長とは仕事抜きでお付き合いしたいです」
と、かなり意気投合したらしい。

「では、パーティーの当日お待ちしております」
店長は軽く頭を下げた。

夫と私も軽く会釈をしてお店を後にした。

お店の正面は大きなガラス張りになっている。
そのガラスの内側は森のように木々で覆われているが、木々の間から外からも何気なく中の様子が分かる。

ふと眺めていると、彼がいた。

忙しそうに仕事をしている彼はやはりきりっとしていて素敵だ。
そう思いながらしばらく眺めていると、こっちに気づいたらしく軽く頭を下げてきた。

それに対して私も頭を下げたが、それを見るか見ないぐらいの早いタイミングで彼は私から目をそらした。

やっぱり嫌われたかな
当たり前か・・・
きっともう目を合わしてくれることもないんだろうなと、悲しくなってしまった。

「彼、忙しそうだね。声かけなくてよかったの?」
と夫が言った。
その声に現実に引き戻され
「大丈夫よ。10Fに居た時に挨拶は済ませたわ」
と伝え、先に歩き出した。

これ以上ここに居ると胸が張り裂けそうだったから。

パーティーに行くの嫌だな。
と、この時真剣に思った。

パーティーの当日・・・
夫がクリエイターの人と交流を深めるパーティーだ。
そこには、みんな夫婦で参加している。

私は夫に頼まれていた仕事をこなしてから遅れて会場へ行った。

店から出てきたのは彼だった。

「朝倉様、お待ちしておりました。
会場へ案内させていただきます」と。

「大丈夫です。
ひとりで行けますから」
と私は少し下を向きながら伝えた。
この間のことが頭に残っていて、彼とエレベーターに乗るなんてできないと思ったのだ。

その言葉に彼は何も言わずただ微笑んで、
「どうぞ」
と、もうエレベーターの扉を開けていた。

仕方なく私は一緒にエレベーターに乗った。
気まずすぎる。

淡々と仕事をこなす彼は、私よりずっと大人だな
そらそうか、元々私のことなんて何も思っていないのだから
私の勝手な自意識過剰だっただけなのだから
と心でつぶやいた。

彼はエレベーターの押しボタンのそばに立っていた。
彼の後ろに立っていた私は
いつ見ても相変わらずシュッとしているなと見惚れてしまっていた。
間近で立つのが初めてだったのだが、意外と背が高い。
顔が小さいせいか小柄に見えていた。

今思えば、後ろからガン見していた私の視線をひしひしと感じていたかもしれない。

でもこの時その瞬間がやってきたのだ。

突然のキス
ふわっとしたマシュマロのようなキス

同じビルの最上階にあるホールへとエレベーターが上っていく。
途中の階は倉庫なのか、一度も停まらない。

するといきなり彼は途中の階のボタンを押した。

え?なんだこの人途中で降りるのか
だから一緒に乗ったのね

と思った瞬間エレベーターがその階に停止した。

そして彼は降りることなく、扉を開けたままエレベーターを止めた。
その階はやはり倉庫らしい。
人影はなく薄暗い。

そんなことを思っていたら
いきなり唇にふわっと暖かいものが触れた。
驚きのあまり何が起こったのか把握するまでかなり時間がかかった。

ふと見ると、彼は片手でエレベーターの開くボタンを押したままそしてもう片方は優しく私の頬に添えていた。
そして彼が覆いかぶさるように間近にいる。
「これってキスしてるのよね?」
と認識した瞬間、心臓の鼓動が激しくなり体が熱くなった。
静かなエレベーターの中だけに、聞こえるかと思うような鼓動だ。

彼のキスは突然にもかかわらず、乱暴ではなく優しくフワフワしていてまるでマシュマロのようだ。
しばらく唇を重ねていると、私の心臓の鼓動が緩やかになり、体に入っていた力も抜けていき、穏やかな気持ちになってきた。
それは、とっても優しくてゆっくり流れる時間。

まもなく彼はエレベーターの押しボタンから手を離し、同時に私の唇からもゆっくり離れていった。
その時目が合った瞬間彼はにっこりと微笑んだ。
その笑顔はびっくりするくらいドキッとさせた。
我に返った私は、顔を見ることができず下を向いた。
もちろん言葉など出ない。

それと同時にパーティ会場のホールにエレベーターが停止したのだけれども、動揺している私は、全く気付かなかった。
「会場に着きましたよ」
と優しく声をかけてくれる彼。
その言葉にハッとさせられ
「あっ、はい、どうも・・・」
などとうろたえるしまつ。

そんなときも彼は何事もなかったように落ち着いていた。
私が急いでエレベーターを降りると
「ゆっくりお楽しみください」
といって、またにっこり微笑んだ。

この後のパーティーは意識が飛んでいてほとんど覚えていない。

頭が混乱していた。

パーティーが終わった後も、どうやって家に帰ったか分からないくらいだ。
少なくとも、夫に気づかれないようにとふるまっていたのは確かだ。

なぜ彼は私にキスをしてきたのだろうか。
何歳も年下の彼に大人な人妻が惹かれているなんて、それこそ引いてしまったんじゃなかったのか。

そんな言葉が頭の中をグルグル回るのだ。
そして何をしていても、彼との突然のキスを思い出してしまう。
その度に胸が苦しくなり、心臓の鼓動が激しくなる。

そしてさらにパーティーから一か月が経った暑い夏の日、私は恋に落ちた。


          to be continued・・・

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