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父親が本音を語ることで、母親の子育てが楽になる(かもしれない)

先日、皆さんの力を借りて『パパが開く子育てサロン』というイベントをやりました。(埼玉県上尾市、集いの広場「あそぼうよ」にて)

当日は10組を超える親子が参加して盛り上がりました。ありそうでなかった集まりだと思います。

サロンをやって感じたことを書いてみます。

今までの子育てサロンは「母親たちの場所」だった。

子育てのメインは母親で、「話したいこと」があるのは母親だけ、と思われていた感がある。

でも、父親にも「子育てに対するコトバにできない気持ち」があるんじゃないか、と思った。(ぼくにはある)

父親が本音を語ることは、夫婦で子育てをするために、母親ひとりに子育てを押し付けないために、重要なことだと思う。

関係ある?

「父親が本音を語ること」と「母親の負担が減ること」

ふたつに関連性なんてないんじゃない? と思われるかもしれない。

子育てに消耗している母親に必要なのは、「好きなことを楽しめる時間」や、あるいは「休息」であって、夫の率直さとか誠実さは関係ないでしょ?と。

実はぼくも最近までそう思っていた。

でも、自分で子育てを体験していくうちに、自分(夫)の態度が妻の「精神的な平穏」と大いに関係あることに気がついた。

関係あるどころか「いちばん大事なこと」かもしれない。

本音を語ることは難しい。

大人は本音を語らない。特に男性は、自分の感情や感覚に「フタをして」生きている人が多いと感じる。

それは社会で生きていくうちに勝手に身についてしまうものだ。

少なくとも、ぼくは自分の感情にフタをして生きている部分がけっこうある。

もちろん、感情を表に出さないのは悪いことだけじゃない。それで避けられるトラブルもある。

でも、それがとても窮屈だということに気がついた。

自分だけでなく家族も窮屈にさせてしまっているかもしれない、とも。

子育てをするようになって気づいたこと。

自分の感情が「劣化している」と自覚したのは、子育てをするようになったことが大きなきっかけだった。

ぼくには現在2歳の息子がいて、毎日家に帰ると息子を風呂に入れ、歯みがきをして、ご飯を食べさせたり、休日は散歩に行ったりする。

子どもを見ていると「本当に自分の感情に素直に生きてるよな」と、つくづく思う。

特に強く感じるのは、自分のコトバを持っているということ。

まだ2歳だから、ぼくら大人の「言葉」とはだいぶ違う。叫びとか鳴き声に近いときもある。

でも、彼は確かに「自分の・独自のコトバ」を語っている。

ウソも、ごまかしも、忖度も、見栄もない、「自分の感情を表すためだけのコトバ」を発している。

拙くても、借り物ではない「自分のコトバ」

ぼくも息子のように「自分のコトバ」を話せたらいいのに、と思う。

「混じり気のない感情」を表現できたら、もっと楽しく生きられるのに。

まったく同じにはなれないけど、近づくことは可能なはずだ。

でも、「大人が自分のコトバを見つける」のは、簡単なことじゃない。

そのために、まず自分の「本当の気持ち」を見つめ直して、気づく必要がある。

自分の「本当の気持ち」を見つめるのは勇気がいる。

本音は多くの場合ぜんぜん建設的じゃない「身も蓋もないこと」だったりするし、相手を傷つけてしまう時だってある。

それでも、本音を語るのは大切なことだと思う。

夫婦という「チーム」で子育てをする場合には特に。

長期的に良い関係を築きたいなら「本当の気持ち」を話した方がいい。

本当の気持ちに蓋をしたまま生きていくのは、窮屈で苦しいから。自分だけでなく、家族にとっても。

だから、ぼくは「自分のコトバ」を話していこうと思う。

妻と本音をぶつけ合って、お互いが納得できる着地点を見つけること。

それがぼくにとっての「家族の意味」だと気がついた。

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1児の父親。夫婦や子育てについて考えたことを発信していきます。 ブログ https://iwamishinji.com
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