供養

歩いて帰るには1枚羽織りたい。
この季節になると、とっくの昔に終わった恋のことなどを思い出してしまったりする。
秋と雨の日を好きなのは、きっと彼のせいだったと思う。

「秋ってあんまり好きじゃないんだよね。暑くもないし、寒くもない、人間関係がシャッフルされる春みたいな刺激もないし、いちばん特徴がない感じ」
などとのたまった私に、
「俺は好きですね。自分が生まれた季節だし」
と年下の彼は言った。

卑屈を煮詰めて八方美人の皮で包んで生きていたような当時の私にとって、「自分の生まれた季節が好き」
と真っ直ぐに言える彼は眩しかったし、
卑屈から来る処世術として共感と媚びへつらいを使いこなしていた私には、真っ向からの反対意見が清水のように爽やかに感じられた。

などと言ってみるが、つまりは惚れていたので、なんでも良く見えたんだと思う。

美しくないエピローグ…などもあったにはあったけど、思えばちゃんと一緒にいた期間は1年もなかったんだな、と思う。

それでも、
雨の自転車置き場で「実は金星人なんです」と打ち明けてくれた君の横顔や(若人よ、『君の名は。』がヒットするずっと前からRADWIMPSは最高だったんだ)、
雪を掴んで冷たくなった私の手を握りしめて温めてくれたこと、
祭りの喧騒を背にGEOまで歩いた河原の道などを思い返せば、まあ出来過ぎた初恋だったよなと思う。

最後は私が君の信頼を壊すようなことをして、それに気づくことすらなく、もちろん私にも言い分はあるけれど、とにかく気づいた時には埋めようがない距離ができていた。

今はもう廃線になってしまった駅のホームで、文庫本のノベルティの安っぽいストラップを引っ張りながら、目を合わせずに私は訊いた。

「ねぇもう私のこと好きじゃなくなった?」
「好きだけど、…結婚したい人があなたなのか、分からなくなった」
「そう。…じゃあやっぱり」

やっぱり私たち一緒にいられないね、と言う勇気がその時はなく、駅に着くまでの間一方的に彼の手を繋ぎながら、でもこれが最後になるんだろうなと思った。
実家暮らしの18歳と17歳の会話、何が結婚だよって笑ってしまうけれど。

彼のTwitterを覗き見る頻度が週1から、月1になり、3ヶ月に1回になり、共通の知人とも疎遠になり、お互い別の人と結婚して、性懲りもなく半年ぶりにタイムラインを覗けば、好きな小説やブランドが同じだったりするから、少しだけ苦い気持ちがこみ上げる。
趣味は合うんだな、相変わらず。いい友達でいれば良かったね。
なんて嘘、そんなこと思ってもみないけれど。
友人には決して見せないだろうあなたの顔を、人生の一時期でも見られて良かった。
夢の中で何度、17歳のままの君と再会しただろう。
でも私は、君がどんなふうに大人になっていくのか、隣で見ていたかったんだ。

叶わなかった願望を火にくべて、その煙が秋の高い空に届き雲になるところを想像する。
その雲は君の町から見えなくていい。
私は幸せになった。
君もどうか、末永くお幸せに。

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