シュレディンガーはたぶん猫。[第14話]
第14話
蟲二章
「安らぎのゆりかご(第二世代)」
警戒。
警戒。
警戒。
どこからか、我らに知らせる者がいる。「天敵」の存在を伝える確かなそれは、とても弱く微かなものだ。
だが、それを発しているのが紛れもなく自らの母――我らの「始祖」だと察した瞬間、全ての蟲は呼び声に応えるかのように移動を開始した。
蟲たちは「始祖」の奪還を目指す。しかし現状ではその目的が達成不可能である事実も、同時に認識していた。
このままではあの憎き「天敵」たちに勝てない。既に大量の仲間たちが連れ去られ、殺されている。
不快。
不快。
不快。
であるならば。何よりも、その目的を達成させるための大きな「変異」が急務である。
然り。
蟲たちは本能的に知っていた。自らの素粒子構成を組み替えることで、より強い種として進化し得ることを。全ての蟲たちがそうするべきだ、と悟り、一斉に行動を開始する。
ラ・ルエガは地球の生き物とは違い、交配して増える性質は持たない。まず、餌として食べた素粒子を自らの素粒子体に取り込む。大量に。時には仲間の蟲の素粒子さえも、共食いの形で取り込む場合がある。
そうして集めた素粒子の総量が一定の値を超過したタイミングで、蟲は「成熟期」となる。「成熟期」に至った蟲が自らの素粒子構成を大きく組み替えることで、より強い個体へと変異するのだ。そして変異した上で卵を産み、次の新たな世代が大量に生まれる。
ただし、その達成のためには、特定の安定した「変異のための場」と「卵を産み付ける場」が必要だった。
蟲たちはより良い環境を目指して蠢く。そしてそれは母である「始祖」がこの星で認めた二種類の「とても良い」のうちの、とりわけ素晴らしい、「食べても生んでも良しの、あの肉体の殻付き」が、やはり最も適していると思われた。
蟲毒のごとく共食いし合った結果、やがて「最強の、成熟期に至ったただ一匹のみ」に蟲は収束し、ゆりかごのごとき最適な「場」を独り占めすることになる。
しかし、今回そうしようとした時、その強き蟲はふたつの意外なことに気が付いた。まず、「食べても生んでもとても良い」の腹には「未成熟のとても良い」が存在していて、それが極上の味だということ。そして「食べても生んでもとても良い」の近くにはもうひとつかふたつ程度の「食べるととても良い」が存在している確率が高い、ということ。
つまり、収束を果たした後に、まずは「食べるととても良い」を食う。更に「食べても生んでもとても良い」の腹にある「まだ未成熟のとても良い」を食う。そして最後に、その腹の空いた場所に蟲自身が収まれば「とても効率が良い」。
果たして、蟲は今回、その通りにやってのけた。これから蟲が生む子供たちも、きっと同じ方法を取るはずだ。
僥倖。
僥倖。
僥倖。
暖かいゆりかごの中、蟲は卵を産む大仕事に取り掛かる前の、しばしの安息を得る。
「あ……あ……まことさん、お義母さん、赤ちゃん、わたしの、赤ちゃん、なんで、いや、なに、この虫、いやだ、どうして、やだ、なにが、こんな……もうやだ、やだ……」
先ほどから辺りに響いているのは「食べても生んでもとても良い」が作り出している振動音で、それはまだ「場」の維持のために生かされている。
やはり「始祖」が選んだ「食べても生んでもとても良い」が、どこの場よりも安定していて「とても良い」。
嗚咽の他にもうひとつ、カラカラと蟲の頭上で音がしていた。開いたままの窓から吹き込んだ風が、そこにある何かをゆらゆらと揺らしているからだ。
蟲はやはり、それが何かを知らない。知らないが、さして嫌なものとは認識してはいない。そしてその軽やかな音と嗚咽を、ただ静かに心地良い振動として味わっていた。
子育て経験者の人間であれば「それはまだ新品の、新生児用の吊り下げおもちゃだ」と指摘したかもしれないが。
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