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シュレディンガーはたぶん猫。[第7話]

第7話


 結局、俺たちは学年主任に命じられて、放課後に罰の草刈りをすることになった。ちょうどグラウンドの横の、とりわけしつこく雑草が生えているエリアだ。

「さて、やるか……」
「めんどくせぇ」

 放課後。ジャージ姿になり軍手をして、俺と片山は文句たらたら、草を刈る。ぼうぼうに生える草を掴み、小さな鎌でひたすら狩り続ける。五月とはいえもう結構暑くて、しばらく続けていると汗がにじんできた。

 対外的な俺と片山の関係だが、今は「決定的な流血や殺傷などの最悪の事態は免れた」ということになっている。

 ものすごい剣幕で俺を追いかけていた片山の話は、もはや全校生徒と全教師が知っていた。罰の草刈りを言い渡された後、三限の授業が始まる直前に教室に戻ったわけだが、ダチの山瀬と松岡だけでなく、クラスほぼ全員に囲まれた。「あの勢いだと、本気で殺されるんじゃないか?」などと心配されていたようだ。

 ちょっと見た目が可愛くて好みかも、と思っていた隣の席の女子・岡田さんにも、心配そうに「大丈夫だったの……?」と話しかけられたりもして。めったに会話なんてできない相手だから、死ぬほどソワソワしながら「うん、大丈夫~」とか声裏返しながら返事して。

 自分でもこういうところが童貞丸出しだと思うわ……。だって、細っそい腰とか肩とか、天パがかったふわふわした髪を、ハーフアップっていうのか?にしてる感じとか、分かりやすく全力で女の子しててさ。俺は元からそういう女子がすげー好みなんだよ。毎度アイドルでも、そういう子ばっかり目で追ってしまうんだよ。そんな好みのキャラデザの女子が向こうから話しかけてきたんだ。さも俺を心配しているふうに。浮かれても仕方ないだろ……。

 俺は「奴の仲間の襲撃犯と勘違いされて、ちょっと殴られてどつかれたが、無事誤解が解けたのでもう大丈夫だ」などと、取り囲んできていたみんなに説明した。

 実際はちょっとどころでなく、ほぼ半殺しにされていたわけだが、ものは言いようである。

 最初はまだ不安そうに思われていたが、昼休み、片山がふらりと俺に会いに一組の教室にやってきた。その時の片山は全く喧嘩腰ではなく、ごく普通のトーンで俺と話していたので、「本当に大丈夫っぽい?つか、仲良くなってる……?」と全員が驚き、そしてようやく納得したようだった。

 実際は直近の課題、対消滅の件と、虫の件と、「猫」の件くらいしか話していないわけだが。

 今、「猫」は特に姿を隠さず、俺たちの側にいる。草むらの影に猫がいるなんてごく当然のことなんだから、特に隠す必要がないだろう。そういう判断だ。

『先ほどまだ最後まで説明しきれていなかった、混ざりの話の続きを伝えておこう』

 突然の部外者の登場によりプツリと途切れてしまっていた話の続きが、ようやく数時間の時を経て再開されることとなった。こっちも退屈な作業をさせられている最中なので、いくらか気持ちが助かる。

『現時点では問題は消えているが、今後も引き続き、同様の変異がお前たちの体に出る可能性は高いだろうな。しかしどちらに、どのタイミングで、そしてどのような変異が出てくるかは不明だ』
「ガチャみてぇだな……。で、そうなるたびに、さっきみたいにいちいち対消滅?させて消すしかないってことか?」
『おそらくな。ただ、変異が対消滅で消えるもののみに留まるか、というのも今後の経過を見なければ分からん』

 草を引っこ抜きながらの俺の問いに「猫」が頷く。まさにクソゲーのガチャだと感じる。例え何がどう転んでも、確実に困る変異しか出てこないわけだから。

『我らとこの星の生き物の間で素粒子の交換状態が起こったのは、今回が初めてになる。アーカイブにも全くデータがない。過去に我らから分離したものがこの星に来ていて人間と接触していた……という可能性はあるかもしれないが、今のところその痕跡も、解決法に繋がるデータも見当たらない』
「つーことは、また今後もアレをやるのか……しかも何回も」

 げんなりした気分で俺は片山を横目で見る。片山は黙ってゴリゴリと、鎌の先端で土を掘り起こしている。文句はそれなりに言いつつも、その両手は意外と真面目に草刈りに従事していた。

 こうして見る片山は、やはり相変わらず、でかくて厳つい様相だ。ヒョロい体格の俺とは違って、しっかりと筋肉がある。わりと硬くてがっしりしていた。

 ……全く知りたくなかった情報だが。ああいうのは、可愛いくて柔らかい女の子が相手だからこそ、イイんじゃないのか。何をまかり間違って、こんな、ゴツいでかい男相手に……。

 それなりに女子との接触への夢や希望はモロモロ抱いている俺だが、そういう「女の子相手にやりたいことリスト」の六割くらいを昨日今日だけで、しかも片山を相手にうっかり済ませてしまった現実がつらい。そして今後も継続しなければならないという。全俺の童貞が泣いている……。

 切ない気持ちになり、うっぷんを晴らすように、俺は地面をガリガリと掘り進める。草は根っこがびっしりと張っていて、なかなか簡単には抜けなかった。何度も繰り返し土を掘り、苦心しながら処理を進める。

『しかし、いいものだな……ここは。まぶしい。温かい。柔らかい。安らぐ……これが太陽の恩恵というものか』

 こっちの作業の大変さを尻目に、「猫」が呟いた。

 奴は草をベッドにして優雅に寝そべっている。……寝そべってるんだろうな、たぶん。地面に気体のように溜まってるだけなのかもしれないが。ゆるゆるとその体表の粒子は対流を続けていて、おそらく、リラックスしている雰囲気だ。やがて、会話がピタリと止まった。

「おい、猫。シュレディンガーの猫。虫浮かれ迷子宇宙猫」

 呼びかけに返答はない。おそらく、「猫」は寝た。陽だまりでお昼寝、全くどこまでも猫らしい行動だ。

 やがて陽が落ちかけた頃、学年主任がやってきて、俺たちは再び長々と仕上げの説教を食らった。それでようやく今回のサボりと喧嘩の罰から解放され、草刈り作業は終了した。

 教室に戻って着替えて、荷物をまとめる。俺はそのままひとりでさっさと帰るつもりでいたが、うっかり眼鏡屋と薬屋に行く予定を口走ったためか、何でか片山と「猫」までもが一緒についてきてしまった。公共の場なので、一応「猫」には俺の通学かばんの中に潜んで大人しくしてもらっている。

 道すがらの会話で、結局、「猫」は片山のアパートに居候することになった。一人暮らしだし家族がいるお前よりも都合がいいだろうと片山が言うので、遠慮なく頼むことにした。

 そして俺たちは「猫」のことを「シュレ」と呼ぶことにした。「シュレディンガーの猫」から取った。長いからもっと気軽に呼べるようにと考えた結果、三文字まで縮まった。

 眼鏡屋で歪んだフレームの形を、顔に合わせて整えてもらう。その間、片山は物珍しそうに店内を見回していた。本人の視力は比較的いいらしく、初めての大量の眼鏡の列をもの珍しそうに見ていた。それが終わると、今度は薬屋に向かう。

 あの暴力ヤンキーと同一人物と思えないほどに、今の片山は大人しくて普通の態度だ。こちらも同じくらい「普通っぽい感じ」で話しかけてしまうくらいには。

「なぁ、包帯ってさ、やっぱ目立つよな?」

 俺はちょうど座って下の方の棚を漁っていたから、会話をしようとすると、すぐ横の片山の顔を見上げる形になる。

「だな。俺もチェック漏れの包帯巻いた厨二病がいる、って情報あったから、一組までお前を狩りに行ったわけだしな」
「ナチュラルに他人を狩るな。そんで、厨二病って言うな」

 俺は目をすわらせてしまった。

 ったく、どいつもこいつも……まさかこの片山にまで、厨二病と言われるなんて。ていうか、片山の方が、厨二どころじゃ済まない、よっぽどアレな生態してんじゃねぇかよ。

 しかしそこに文句を言っても仕方ないので、今は店の棚の方に視線を戻した。ちょうど目の前、あらゆる種類の包帯やテープ類、ガーゼや脱脂綿、絆創膏なんかが並べられている。

「……今後もどこに何が混ざってくるか分かんねぇなら、やっぱ広い範囲隠せる包帯はいるよな……」

 絆創膏の大きさ程度では隠せない今回みたいな変異も、また発生するかもしれない。自宅の救急箱に返す包帯も必要だし、買うしかないよな。クッソ、このままだと、厨二病キャラからの脱却は、なかなか険しい道のりになるのかもしれない……。少し悔しいが、包帯の下のものがバレる方が、よっぽどヤバいに違いない。 きっとSNSで変にバズり散らかす羽目になって、平穏な日々は送れなくなるだろうな。こっわ。

 色々考えたが、結局俺は、ガーゼとテープと包帯一式をしっかり買うことにした。それらをかごに放って、レジに向かう途中のアイス売り場のゾーンにも寄ることにする。

「あー、俺、アイスも買うわ」

 どの商品を買うか迷ったが、そういえば、俺は今日、ひとりで来たわけではなかったと思い直す。

「お前も食う?これ、二個入りだから、分ければ半額で済む」

 一袋に二個入り、ちょうどいいやつが目に入ったから、隣の片山にも一応意見を聞くことにした。すると、片山は少しまごまごする。

「え、あ……」
「いらねぇなら別にひとりで食うけど」

 だったら俺だけ食おうかな、と翻そうとすると、いやに焦った表情で腕を掴まれて引き止められた。

「く、食う!!」
「お、おう……」

すげぇ食いつくなぁ。アイス好きなんだろうか。
などと考えながら、俺はその商品をかごに入れる。すっかり列が伸びたレジで順番待ちをするのはひどく面倒だったけれども、何とか無事会計を終わらせて薬屋の外に出た。

 適当な場所に腰を落ち着け、俺は分けたアイスを片山に差し出す。片山はおずおずとそれを受け取り、ぽつりと言った。

「こんなふうに、何かひとつのものをふたりで分けるってのは、初めてだ」
「へ?」
「ずっと奪われることしかなかったし、何かもらえるとしても、対価を払わないといけなかった。俺は見た目が怖いらしいし、嫌われることが多いから、ふたりで分けよう、とか言ってくる奴もいなかった」

 その一口目を嬉し気に口にして、片山は笑っている。

「美味い」

そんな無邪気な笑い方に、俺は「さして本質は悪い奴ってわけでもないっぽいんだよなぁ、コイツ……」とつい思ってしまった。
……いや、怒らせると最悪だし、もろもろとんでもねぇ奴ではあるのだが。



[つづく]

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