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ハイペリオンサーガ再読記:第4回「ハイペリオン上巻 pp.197~338」早川書房

はじめに

ハイペリオンサーガは、米国の作家ダン・シモンズが書いたSF小説です。

ハイペリオン 上巻」「ハイペリオン 下巻」「ハイペリオンの没落 上巻」「ハイペリオンの没落 下巻」「エンディミオン 上巻」「エンディミオン 下巻」「エンディミオンの覚醒 上巻」「エンディミオンの覚醒 下巻」の8作があります。以下、リンクです。

ここではSF作家志望の私が読んだことのあるSF小説の中で、一番スゴイと思うこのハイペリオンサーガを再読しながら、ハイペリオンサーガはなぜ、なにが、どのようにスゴイのか、じっくり分析してみる、「再読記」です。

前回のあらすじ

辺境の惑星ハイペリオンにある<時間の墓標>への巡礼者に選ばれた7人が、森霊修道会の聖樹船イグドラシルに集いました。容姿も身分も性格もばらばらな各自が、食卓を囲みながら話し始めました。まずはルナール・ホイト神父の身の上話が始まり、過去のポール・デュレ神父の旅や、デュレ神父の日記をたどるハイペリオンでの旅が始まります。ポール・デュレ神父の日誌をたどっていくと、デュレ神父が秘境の奥へ奥へと引き込まれていき、とうとうビクラ族を見つけたことがわかります。不気味な集落でのビクラ族の目を盗んでの捜査や推理、危険を冒しての行動などの結果、世界の深い謎に触れるもミイラ取りがミイラになるような展開が待っていました。突然、ルナール・ホイト神父の独白にもどり、足早に身の上話は畳まれたかに思ったところ……という話でした。

今回は、ハイペリオンの首都キーツ郊外にある宇宙港に降り立ち、領事の元補佐シオ・レイン(現総督)から不穏な情勢を聞かされた一行が河を上り始めたところで、フィドマン・カッサード大佐の物語が始まります。

以下、今回のポイントです。末尾に、前回までのポイントも付けておきます。

ポイントと分析

今回のポイント

ミリタリー・軍記物、アクション映画的転回。兵器、乗り物、戦術、白兵戦の描写、戦争や紛争の背景、展開など非常にスリリング。唯物的な表現の詳細で、専門性が非常に高い。ホイト神父のときの作風とは一転してくるあたりの懐の深さがすごい。軍人目線の唯物的な現状認識と語り口。
パレスチナ問題をもってくる大胆さ。現実の紛争問題の中でも、もつれにもつれ、こじれにこじれた、パレスチナ問題を扱うあたり、一番難しい問題に果敢かつ大胆に挑むあたり、すごいと思います。
ロマンスの甘さと苦さ。ロマンスがただ甘いだけではなくて、主客逆転したり、思い通りにならなかったりと、一流の軍人である大佐の弱い部分を表現できている点がうまい。強さで尊敬され憧れられて、弱さで愛される、キャラ造形のうまさ。
大きな物語の伏線になるプロットが魅力的。旅の最終目的地や最大の敵、その道具立てなどが登場することで、大佐の話が大きな物語の伏線として、ミステリーとサスペンスを生む。
情景描写や心理描写の表現力、想像力がとにかくすごい。これは唯物的にとても現実的な表現を駆使したり、静と動、緩急を織り交ぜて、五感へフルに訴えてくる描写をしたりなど、ハイペリオンサーガの大きな特徴であり魅力。
オマージュ。強いて言えば、最後のアウスターの追手と戦う場面では、戦闘力に開きがある時のドラゴンボールの戦闘を彷彿とさせたのは、気のせいでしょうか。初代ガンダムのアムロやシャアが、モビルスーツを脱いで、片手にビーム銃で戦ったり脱出したりするシーンもよぎりました。あとこれは時系列的には映画の方があとになりますが、宇宙空間での手に汗握るサバイバルは映画ゼロ・グラビティも彷彿とさせました。
新たなサスペンス。七人の巡礼者のうち一人は、未来(時潮の中では過去)に、早贄の樹で串刺しになることが判明。誰がその一人なのか、読者をひっぱっていく構成がうまい。

今回のまとめ

今回は二番目の語り手に選ばれた、フィドマン・カッサード大佐と、大佐がヴァーチャル戦争訓練中に出会った不思議な女性モニータの話です。モニータとはその正体がわからないままに、ヴァーチャル訓練中や夢の中で逢瀬を重ねます。パレスチナ人の孤児である大佐が軍歴を重ねて、宗教戦争での活躍や銀河周縁の蛮族アウスターからの侵攻を押し戻した武勇伝に続いて、大佐が宇宙空間で襲撃され、手に汗握る破壊された宇宙船内でのサバイバルへ。そしてハイペリオンに不時着。そこではじめて現実世界でモニータと、巡礼たちの旅の最終目的地、時間の墓標付近で出会う。時間の墓標周辺は、抗エントロピー場の時潮があって、そこでは時間が遡る、つまり、未来は時潮の中では過去、時潮の中の者にとっての過去は、現実では未来のことになるとのこと。最後はアウスターの追手を時間を操る未知の力でしりぞけた大佐が、モニータの陰にシュライクを見い出すところまでの話でした。

ハイペリオンサーガの特徴がだんだん見えてきました。毎回、新しいポイントや気づきが差分として加わえていくので、再読記の追加ポイントは、回を追うたびに少なくなっていきますが、全体としては末尾のまとめが充実していきます。

次が楽しみです。

勉強になります!

次回へつづく。

以下、ネタバレ注意

シュライクの超越的な能力。時間を操る能力はチート。モニータとシュライクの関係はここではわからず。
軍人キャラを立てたオチ。モニータと次に会うときは殺すというセリフdで、軍人としての大佐のキャラが立った。

前回までのポイント(第1回から第3回をまとめてます)


<描写>

ビジュアルやサウンドの描写が突き抜けている。色味、輝き、声、環境音のバリエーションが実に多彩。重厚なオーケストラやオペラのよう。ダイナミック。サービス満載。非現実的な美しさ。ハイペリオンは上空から見ると、外縁が白と緑とラピスラズリ色。詩的で耽美的な想像力。黄色とオレンジの木々。青緑色の空。緑の空。炭が熾ったような赤。朱金色。徹底的に色や音を重ねてくる。あまりに幻想的な場面が頻繁に出てくる。溶かしたバターのような金色。クローム色からサフラン色、黄土職、琥珀色、薄墨色へ。プリズム的なステンドグラスの色合い。数百の宝石のきらめき。闇の濃さや色も多様。シーンの耽美性がすごい。五感に訴える描写。静と動。乾いた余韻を残す終わり方。作者が書きながらうっとりするさまが浮かぶ。第41日ジャングル:豪雨から夕霧、星空への描写がすごい。第64日炎精林:音、光、生と死。第87日大峡谷:色、虹、霧、空、大峡谷の奏でる音楽。
詩的描写。「浚渫機械の音が不潔な町の鼓動、遠い寄せ波のささやきは町の湿った呼吸」
多彩な屋内外のインフラ描写
食事の詳細な描写で食欲や嗅覚も刺激。
服の描写は微細に。いろんな物には、その名前がある。
敵と味方陣営の設定が明らかになる。
容姿の描写には手を抜かない。声も重要。
兵器の名前や描写も詳細。
植生や地質学の描写も詳細。
方言やなまりのセリフで、キャラが立つ。

<展開>

静と動の場面わけが巧み。矢継ぎ早に静と動が入れ替わる。揺れ動き、振幅の早さや量が実に多い。とにかく読者を揺さぶる。とことん盛り上げる。対比がすごい。ダイナミックな描写のあと、セリフや違う描写がはいって我に返り、揺り戻される。シーンと文体の反比例の揺れ幅で盛り上げる。殺しの描写は物を見るように冷静な文体で、シーンはダイナミック。描写することのテンションと、文体は反比例することでその対比が、読者の感情の揺れ幅となる。
展開が映画的。映画のコマが進んでいくようなイメージ。劇的で耽美的なふるまい。コマ割り。描写で緊迫感、安心感などを表現。緊張感がすごい。
冒頭ですぐに最終目的地とラスボスが登場する。切迫した状況。是が非でも暴かなければならない秘密を知ることが目的。冒険のはじまり。ラスボス、シュライクの存在感と特別感。
スリルとサスペンス。非常時に非常時が重なっている状況。最後のチャンス。重ね重ね特別な状況が重なった設定。次々と謎が置かれていく。軍事的緊張。ハラハラドキドキの予感。炎精林や断崖絶壁、ビクラ族の凶暴さを見た時のスリル。ハラハラドキドキ。
まだ見ぬ場所のサスペンス。羽交高原、炎精林、ビクラ族、大峡谷。馬勒山脈。迷宮九惑星。デュレ神父が行方不明。デュレ神父の運命を見届けたらしいホイト。
ミステリーやホラーテイスト。突然の出来事。老婆の不気味さと恐ろしく耽美的な場面。一つたたずむ炎ゆらめく赤い蝋燭。静と動。検視や刑事捜査に巻き込まれる。死体が見つかる。自分以外は理由がわかっていても周りから教えてもらえない。目を盗んで捜査、推理。謎が解けるがミイラ取りがミイラに。ビクラ族の不気味さ。出し抜こうとするも、先回りされている。出し抜いたつもりが、ばれている。ビクラ族と会って以降は、引っ張ってきた(サスペンス)ミステリーが次々に解けていく。死体の描写のホラー的な生々しさ。
会話劇の巧みさ。各自の性格や価値観、特徴が明らかになってく。人の信条はパーソナリティの中でも大事。心中の声がわかるのは、領事だけ。

<設定・仕掛け>

オマージュ。七人の侍。デカメロン。オーパーツの発掘は「星を継ぐもの」。ウルバヌス15世聖下の遺体のエピソードはカラマーゾフの兄弟のゾシマのオマージュか。他にもインディジョーンズの宝探し。マザーエイリアンとターミネータT1000の容姿。エイリアンのフェイスハガー。
特別感。七人の中には有名人が含まれているとの設定。選ばれた特別感が高まる。乗客は7人だけの特別感。それぞれの対比が明確でキャラが立っている。幅も奥行きもあるキャラ設定。それが謎になる。七人の会話劇で各々のキャラがさらにはっきりしてくる。他に4隻しかない聖樹船イグドラシル。
七人の内の一人はスパイという設定。読者が誰がスパイか、常に気になるようなサスペンスと謎解きを用意。
誰も時間の墓標から帰ってこないという謎
宗教や罪と罰など、重く究極的なテーマ
世界設定が詳細。政治・行政組織、星の名前、宗教、具体的な地名、設定が出てくる。身分の差。
空間的、時間的設定にも触れる。歴史についても心中の声で解説。
現実の歴史と架空の歴史がミックス。未来の話だとわかる。クラシック音楽は実在の曲。ユダヤ、カトリックなど現実的な設定。すべてを架空の設定とせず、現実と接続することで、説明を省いたり読者との共通理解、合意がはじめから得られやすい。
この世界独特の世界や技術設定、人名が次々と出てくる。世界の輪郭がどんどんはっきりしてくる。引き込まれる。SF世界設定が多ければ多いほど、SFファンのイマジネーションを刺激する。その世界での現実を費用なども用いてリアルにしている。エルグ、特異点、超高速通信。転移ゲート。薄膜壁。延齢処置の蒼み。
読者を小説世界に閉じ込める仕組み。固有名詞や細かい世界設定(伏線いかんに関わらず)は世界の隙間を埋めるこけおどしでもOK。これらがSF的想像力を刺激する。暦の違いで世界設定や伏線を用意。馬、鷲、熊という動物名前を関したハイペリオンにある3大陸。日常すぎる日常に溶け込んでいるSF技術がリアリティを生む。世界設定が続々登場。確率情報部など。コムログ・インプラント。さまざまな実際の宗教と架空の宗教が登場。雲の名前。さまざまな動物。世界設定やプロットの謎、お気に入りのキャラなどが、小説世界に読者を留め置くために必要。逃がさない工夫。リアリティと架空の設定のバランス。その世界にいたい、堪能したいと思わせるサービス精神。奥へ奥へと行くことと、謎にどんどん迫ることのプロット上のアナロジー。後戻りができなくなる。話が盛り上がっていく。
謎の階層構造。大きな謎としての迷宮九惑星。時間の墓標。シュライク。75万年前。細部まで同じ。惑星の条件あり。十字架。
知的好奇心を刺激。デュレ神父。文化人類学、考古学、神学者。
登場キャラクターの際立った魅力。七人の巡礼者は言うに及ばず、ビクラ族の正反が共存する強烈なキャラクター。おとなしさと間抜けな見た目。突如あらわれる凶暴さや集団での結束。教義についての議論。脆弱さと強靭さ。
異星人との邂逅もの。ビクラ族との出会い。コミュニケーション。コムログ経由で同時通訳。

<その他>

地の文は第三者の神の視点(登場人物の内面もわかる、カメラは自由)
「領事」の心中の考えは、そのまま詳しい状況説明の代わり。
地の文の工夫。プロローグは領事が語り部。第1章はホイト。時々、聖樹船では領事。あとは、デュレ神父の日記。
サイズが圧倒的。9キロの層積雲。4千隻の船。宇宙都市。小惑星要塞。何十万の宇宙の蛮族。高さ2百メートルの裸子植物。1キロに及ぶ聖樹船。何千という光点。10 キロにわたってのびる青と墨色の噴射炎。6百メートルの落下のおそれ。太さ5メートルの枝。2千から5千人の収容能力。80メートル上がジャングルの緑の壁の樹冠、雷吼樹は100メートル。3千メートルの断崖。

(了)

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