生老病死一切皆苦

80前後のアルツハイマー病患者。元々東京のホームレスで、区役所が手配して当院入院となる。2週間前から誤嚥性肺炎をくり返し、いくつかの抗生剤を注射したが治らない。注射したり身体を動かそうとすると不快感を表現するが、その他に感情表現はない。言語は勿論発しない。ゼリー状の流動栄養食はどうにか食べていて、それは嫌がらない。


本来であれば「口頭及び文書による本人の同意を得、倫理委員会を開いて」治療方針を決めるべき案件だが、勿論本人は同意出来る状態でなく、法的根拠はないが医療界では一般的な家族・親族などの「代諾者」もいない。成年後見人すらいない。いてもどのみち成年後見人には医療行為の是非を判断する権限はないのだが・・・。


しばらく天を仰いだあげく、私はおもむろにペンを取ってカルテにこう書いた。


全ての医師へ。アルツハイマー病の末期で誤嚥性肺炎を起こしています。現在全ての医療行為は、本人に苦痛しか与えていません。身よりも関係者もおらず、治療終了の同意を得ることも不可能です。拠って私「医師・岩﨑鋼」の一存で、看取りとし、今後一切の侵襲をともなう治療行為を終了します。死亡時は死亡確認し、死因は「誤嚥性肺炎」、その原因は「アルツハイマー病」で死亡診断書を発行して下さい。よろしくお願いします。

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