連載小説:地元スペシャル #3
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連載小説:地元スペシャル #3

中天の太陽は、ちょうど僕の真上で、ぴたりと止まったままでいた。

さあ、どうしたものだろう? 今日一日の舵を切らなければならない。どこへ向かうのか? ただ一つの最適解を見つけよう。このような場面ではあれこれ悩むよりも、手近なドアノブを即座に掴むことが何より肝要ではなかろうか?

僕は行きつけのレコード店へ向かうことに決めた。特に何か理由があったわけではない。ここからそれほど遠くはなかったし、それに、この日差しを浴び続けていることにうんざりしていたのだ。

レコード店の前に着くと、ジュジュを奥歯で噛みながら、見慣れた外観を一瞥した。店の正面は全面ガラス張りになっていて、ロックスター達の大小様々なポスター(そのほとんどが長髪の欧米人だ)がベタベタと不規則に貼られていた。そのため、店内を覗くことは出来ない。入り口の上の方には、ところどころ剥げかかった青い看板に「貴方と私」という店の名前が白い文字で書かれてあった。

客は僕だけだった。それほど広くない店内には腰の高さほどの、ぎっしりとレコードが詰まった平台が3列あり、その奥がレジになっていた。店内は冷房が効きすぎていた。おかげで胸の奥底にあった熱いわだかまりも、今では薄い煙となって、消えつつある。

僕は平台の間を行き来しながら何かを探すふりをしていた。時折、お目当てのレコードでも見つけたような表情を微かに浮かべる。パラパラとレコードをめくる指にそつは無い。側から見れば、音楽を愛してやまない、レコード蒐集家に見えたはずだ。しかし、僕の目はレコードジャケットではなく、奥のレジに立つ、長髪の店員へと度々、向けられていた。

週末、この店に入ると、いつも、あの長髪がレジにいた。多分、近くに住む大学生だろう。細めのアイスウォッシュのリーバイスに長髪とくれば、メタル愛好家と見てまず間違いはない。いつ来ても、黒いTシャツを着ている。今日もオーバーサイズの黒いメタリカのTシャツを着ていた。その大きすぎるTシャツは彼の華奢な体を隠すどころか逆に強調さえしている。リーバイスのやや長めの裾は床に触れていて少しほつれていた。その裾からは、奇妙なデザインのウエスタンブーツがひょうきんな顔を覗かせている。奴のトレードマークはその艶々とした長い髪だ。腰まで伸びた黒髪をバンダナで丁寧にまとめている。

奴には感心する。悠然と仕事をこなす姿勢。客に対しては少しもへつらうことはなく、恐れもしない。怒り、不安、慌てふためく顔色、そんなものが、あの顔に浮かぶことは無い。まるで森の奥の静かな沼でも見ているようだ。奴は誰とも目を合わせない。そのくせ、全てお見通しというわけだ。まったく「貴方と私」(この店の名前)とはよく言ったものだ。奴はあらゆる世間の喧騒をレジに立ちながら見下ろしている。あの冷厳かつ高貴な目! あのレジの中の小さな空間こそ、奴にとっての神聖で完全なる小宇宙なのだ。

僕は買う気も無いレコードをまだ指先でめくっていた。たまに一枚のレコードを意味もなく引き抜いて思案顔まで作ってみせた。

店内には〈・・・the bridge〉が控えめな音量で流れていた。この曲は奴の趣味ではない。ではオーナーの趣味だろうか? 

その時、僕の連想はうまい具合に素敵な答えを導き出した。ああ!〈リリーズのおじ様〉だ。なんで今まで思い付かなかったのだろう? こんな簡単な答えを! 今すぐリリーズのおじ様を訪ねに行こう。メタルとハードロックをこよなく愛し、アクセルローズを崇める男だ。おじ様が家にいるかどうかは分からないが、どちらにしても時間は充分過ぎるほどあるのだ。おじ様の家まで歩くのも悪いアイディアではない。たっぷり30分はかかるかもしれないが、大通りの街路樹をつたって行けば日陰を歩けるだろう。

僕は長髪が背中を向けた隙に、素早くレコード屋を出た。それにしても僕としたことが、リリーズのおじ様を忘れていたなんて! ああ、きっとこの暑さのせいかもしれない。いつかの本に書いてあった。夏は人を狂わせるって。


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90年代を駆けた1人でございます。 当時の原風景をゆっくりと文字にしてゆこうと思います。週に1回投稿を目標に。