【ショートショート】ラストデニム
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【ショートショート】ラストデニム

岩波ハル

彼はデニムスーツで登場した。

ご自慢のリーバイスの〈ファースト〉のジャケットと〈ダブルエックス〉のパンツの上下だ。

式場の入り口にいた受付スタッフは、彼を見るなりすぐにどこかへ走っていった。

彼は周りの視線を尻目に、胸ポケットに入っていたシルクのハンカチーフを2本の指で取り出すと革靴の先を拭いた。コードバン製のその革靴はシャンデリアの光を受け、漆黒の輝きを放つ。

彼は睥睨する。みっともないスーツ姿の老若男女を。4つボタンのジャケット。3つボタンのジャケット。奇妙な革靴を履いた美男子。どれもこれも、なってない。彼は自信たっぷりに胸を張る。

結婚式場の柔らかい絨毯の上を彼は真っ直ぐと進む。

彼は間違っていただろうか? 彼は確かにスーツを着てきた。友人のおめでたい席だ。親や親族も集まる厳粛な場所だ。彼は確かに〈スーツ〉を着てきたのだ。タンスの中の唯一のスーツ。リーバイスのデニムスーツを。

慌てて彼を制止する受付スタッフ。驚く彼。結末を見守る親族。流れる新郎新婦の入場曲。

総額数百万円の濃紺のデニムスーツに身を包み、苦笑いをする彼。

僕がそのセットアップスタイルを見たのはそれが最初で最後だった。


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岩波ハル
90年代を駆けた1人でございます。 当時の原風景をゆっくりと文字にしてゆこうと思います。週に1回投稿を目標に。