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【ショートショート】魔太郎のもぐもぐ冒険記

 居酒屋にしろ、カフェーにしろ、自分にとってしっくりとくる場所を見つけるにはやはり足を使うしかありません。

美味しいとか、お安いとか、そのようなお店は数多くありますが、座っていてしっくりこなければ、やはりどうしても足が遠のくものでございます。

このお店は私めが2年、3年と都下を廻る中で見つけました素敵なお店の1つでございます。小洒落ているわけでも、愛想の良い店員さんがいるわけでもございません。もちろん図書館のように静かな所というわけにもまいりません。
それでもやはり、お皿の上のお料理には長い時間を経てきた清く正しい伝統を感じるのでございます。

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(黒板に白く描かれた文字の羅列は芸術的です。まるで美しい散文詩のようです)


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おやおやおや、この厚揚げをご覧なさい。
おネギを豆腐に挟んであるところなんかに深い深いメッセージ性を感じるではありませんか。
板長さんは何千何万回とこの豆腐の横腹に、鋼の切っ先を差し通してきたのでしょう。刻んだおネギをグイと押し込む刹那に、如何なる哲学を心に抱いていたのでしょう。

隣の席にやってきた銀皿の上のニラ玉を見た時、正直に申しますと、嫉妬と羨望の目を向けてしまったのは確かでございます。
ニラ玉の前に座っていたのは、色眼鏡をした、タバコを吸う女でした。
私めは侮られない為に、すぐに鳥わさを頼んだのでございます。
はたして彼女は私めの注文した鳥わさに一目置かれましたでしょうか。彼女はただタバコをふかし、アイフォーンをいじるばかりでございました。

嗚呼、見てご覧なさい。調理場に立つ、この店の長と思われる翁を。
もう、酒をチビリとやりながら、壁に括り付けられたブラウン管の中の野球中継に夢中になっています。お婆さんに何度も呼ばれているのに気づきもしません。

お陰で私の頼んだハムカツは、もう20分もたつというのに、一向に現れません。その前に頼んだはずのモツの煮込みの事なんか、誰も覚えてやしません。

それでも私めは、濃いめのレモンハイに口をつけながら、今宵も心地の良い時間を過ごさせて頂いているのでございます。
目の前の子持ちししゃもが少々残っていることに感謝することに致しましょう。

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