連載小説:地元スペシャル #4
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連載小説:地元スペシャル #4

〈リリーズのおじ様〉について、少々、話しておこう。おじ様と言っても歳は僕と変わらない。秀でたオデコに、ギョロリとした人好きのする大きな目。シワだらけの顔。猫背気味の小さな体。その風貌から〈リリーズのおじ様〉もしくは〈おじ様〉と呼ばれていた。裏表の無い、さっぱりとした性格で気兼ねなく付き合える男だった。

おじ様と僕はよく一緒に、テレビゲームやスケートボードに興じたり、古着を探しに遠くまで出かけたりした。スペシャリスト宅で夕食を共にしながら、B級映画を鑑賞するのも、月に一度のお約束だった。(おじ様はB級映画が大好きで、特にサブタイトル付きのドンパチ物は大好物だった)

退屈な住宅街を抜けると、リリーズのおじ様のお住まいが見えた。彼は古びた団地に家族と住んでいた。玄関の扉のすぐ左手横が、おじ様の小部屋になっていたので、わざわざ玄関のチャイムを押す必要は無かった。彼に訪問を知らせるには、小部屋の窓をコツリと叩けばよかった。

さあ、リリーズのおじ様。僕にそのご機嫌な面構えを拝ましてくれ給え。僕は格子窓に近づき、指先で小さくノックした。何かが磨りガラスの向こうで動く。次の瞬間、窓が勢いよくスライドして、部屋の中の冷えた空気と一緒に、リリーズのおじ様が顔を出した。格子の向こうに、懐かしいおじ様の顔が現れて僕が一安心していると、おじ様はいつも通りの早口でまくし立てる。

「貴様か! 誰かと思えばだ。こんな時間に! えぇおい! こんな時間に人様の家に一体何のようだ? えぇ?」

口調は厳しいが人の良さそうな目は微かに笑っていた。目元の笑いジワはおじ様の人柄をよく表している。ヨレヨレのチャンピオン製のカレッジTシャツに、トランクス一枚で僕を見上げている、その姿にはどこかしら愛嬌があった。

「ねえ、おじ様。ご相談があるんだけどね」僕は出来るだけへりくだって用件を切り出した。

大きな目玉がジロリと僕を捉える。

「おじ様の部屋にあげてくれないかな? その涼しげで洒落た小部屋にさ。ねえ?」

「ふぅぅ! 今日は無理だ。貴様を部屋にあげることは出来ない。残念だが今日は無理だ」

「どうしてさ? おじ様?」

「ふぅぅ! 静かにしろ! おいおいおい!(僕はとても静かに話していた)今日は修羅の機嫌がすこぶる悪いからな。貴様を家にあげるわけにはいかないよ」

〈修羅〉というのはリリーズのおじ様の父親の事で、かなりの酒乱だった。酒と暴力。そのような緊張感のある日々の中で、おじ様はシワだらけの顔にはなったが、それでも強く朗らかに育ったのだ。

おじ様の言う通り、確かに奥の部屋からは命令口調な怒鳴り声が、時々、聞こえてくる。それでも僕は素直に了承することは出来ない。

「ねえ、おじ様、知っているよね? 僕がとても静かな男だってことをさ? 一言も喋らないでいることだって可能だよ。一言もね。自信はあるよ。(ここでまた、おじ様がいきり立つ) ほらほら、おじ様、興奮しちゃいけないよ。少しの間、その良く動く口を休ませなくちゃいけないね。そうそう、そうだよ。そうやって、口を閉じて静かにしてごらんよ。その方がずっと良いね」

「さあ、おじ様、目の前に立っている友人をよく見てごらんよ。クソのような日差しの中(汚い言葉を使って、申し訳ないね。でも、この場合はとても適切な言葉じゃない?)、おじ様を頼ってきた友人が見えるだろう? そう、40分だよ。40分も歩き続けて来ました。いや、50分だったかな? おじ様?」

ここでおじ様は「○○すぞ!」と一つ吠える。

「おじ様への全幅の信頼と、敬愛の情と、それと、、何だったかな? とにかく遠路はるばる訪ねて来た友人に対して、まずやるべき事は、快く部屋に迎え入れることじゃないかな? ねえ、おじ様? 部屋がちょっと散らかっているようだけど、そんなことは気にしないよ。僕は度量の狭い人間ではないからね。男の部屋って、このくらい不潔、、、いや、散らかっていて当然だよ」

おじ様は格子に目一杯、顔を近づけると、先ほどよりも一層、興奮していよいよ早口になる。

「黙れ! 騙されんぞ。俺様は騙されんぞ。ふうう! 危うく貴様の話術に騙されるところだったぜ。えぇおい! 絶対に騙されん! ペテン野郎の手には乗らんぞ。俺様の目は鋭いぜ。貴様のウソは全てお見通しだからな!」

「ねえ、おじ様。誰もおじ様を騙したりしないよ? ほんの少しの間、その広々としたベッドの上に腰を下ろさせておくれよ。ねえ? 簡単なことだよ。難しく考えちゃいけない」

おじ様の部屋は5畳ほどのこぢんまりとした部屋で、真ん中にベッドがある。その為、ベッドと四方の壁は接近していて歩くほどのスペースも無い。ベッドと壁の隙間には何年もの間、捨てずにたまり続けた、趣味の雑誌(リリーズのおじ様の趣味は実に多岐にわたる。ファッション、ミリタリー、スケートボード、ギター、メタル、バスフィッシング、ヌードなどなど)が積み重なっていた。それに加えて、色とりどりの服がごちゃ混ぜになりながら逆巻く怒涛のようにベッドを囲んでいる。この隙間は〈死の谷間〉とか〈地獄のメリーゴーランド〉などと呼ばれていた。昨年、僕はこの部屋で○ローズのネックレス(小さなイーグルのやつだ)を無くした。この部屋で何かを無くしたら諦めるしかない。富士の樹海にモノを放り投げるようなものだ。

僕はしつこく、おじ様に説得を試みていた。〈しつこい〉という事は僕の数少ない長所の一つだ。〈しつこさ〉は外交戦の美徳であり、それはよく最終的な勝利を得る。

「おじ様、外はひどく暑いんだよ。ひどくね。エアコンの効いている部屋で疲れた友人の体を冷やしてあげてごらんよ。その友人はきっと、おじ様に感謝すると思うよ。で、もし、何か問題でも起きたなら、何も言わずに人差し指で部屋の扉を指せばいいんだよ。そしたら、僕は黙ってその扉を開けて部屋を出る。そしたら、さよならだ。それが、、、」

おじ様は両手で格子をつかみ、大きな頭をヘッドバンキングしながら、強い口調でまくし立てる。〈無理〉という言葉と〈帰れ〉という言葉と、そして〈〇〇すぞ〉という言葉しか発しなかった。

僕は天を仰ぎ、両手を広げ、団地の廊下で熱弁をふるう。「そのすぐそこにある、フカフカのベッドに座らせておくれよ! 大きな大きなおじ様のおでこよりも広大なベッドに僕が座る。おじ様の横にさ。そしたら、そこに綺麗に並んでいるプレステ(ソニー製のゲーム機)のコントローラーを握り、フットボールゲームを始めよう。おじ様も大好きなフットボールゲームだよ! 実に簡単な事だよ! ええおい!」

おじ様は頭を前後左右に激しく揺らす事で、僕の要求を拒否し続ける。僕は隙を見て格子の間から〈死の谷間〉に手を突っ込んだ。そして衣類の山の中から一枚のTシャツを引き抜いた。

「おじ様、どうしても部屋に入れてくれないなら、こいつを譲ってよ。このタバコで黄ばんだ、ランナーズタグ(チャンピオン製の年代物)のTシャツ、真っ黄色でしわくちゃのこのTシャツを譲ってよ。代わりにエロ本を一冊あげるからさ! ねえ?」

「おいおい! そいつは先月、買ったばかりの一張羅だ! 俺様の一張羅だよ! おいおいおい! この泥棒が!」

「このショーベンで黄ばんだ布切れを着て、どこのパーティーにご出席するつもりなのさ? おじ様?」

おじ様は素早く僕の手からTシャツを取り戻すと窓を閉めた。いや、完全には閉まってはいない。3センチほどの隙間から、目を大きく見開き、こちらを見ていた。

「帰れ! 今日は無理だ。明日だ。お前、明日来い! いいな? たっぷりとフットボールゲームで痛めつけてやるぞ。ええ? 逃げるなよ? ピーピーと泣かしてやるぜ。 さあ! 今日は帰れ! 回れ右をしろ。くるっと回れや! ほらほらほら! くるっと回れ!」

おじ様が大きな目をギョロつかせて奇声を発する度に、僕は陽気な気分になれた。でも、そろそろ頃合いだ。日が傾きかけてきている。僕は「さよなら」の代わりに、ギターの弦を爪弾く真似をした。泣きのギターを奏でる姿をおじ様へ捧げる。

部屋の隅に貼られたポスターの中のアクセルローズが僕を見て微笑んでいた。


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90年代を駆けた1人でございます。 当時の原風景をゆっくりと文字にしてゆこうと思います。週に1回投稿を目標に。