ある軍人の切腹、あるいは私が近現代史に惹かれた理由。

初めての投稿なので、自己紹介を兼ねて私が近現代史を学ぶようになったきっかけについてお話しします。

もともと、歴史はとても好きな分野でした。もちろん当初のそれは「学問的興味」などと言う高尚なものではなく、ピラミッドやモアイ像のような巨大遺跡に興奮し、源義経や織田信長の活躍にわくわくする、子供ならではの単純なものでした。

そこまで明確に「どこが好き」との意識はありませんでしたが、大体私の興味は戦国時代、あるいは幕末以降の近現代史になんとなく集中していたように思います。

決定的だったのが、とあるテレビのドキュメンタリー番組でした。テレビ局も番組名も覚えていませんが、題材はいわゆる宮城事件でした。

ご存知の方も多いでしょうが、宮城事件とはポツダム宣言受諾に反対する陸軍省の若手将校を中心とする軍人が、偽の近衛師団命令を出して一時宮城(皇居)を占拠した事件です。

その目的はこのまま宣言を受諾しては国体護持の確信が持てないので、確信が持てるまで抗戦を続ける体制に転換する、というものでした。十五日放送予定だった玉音盤も狙われました。

そこで登場する重要人物の一人が阿南惟幾陸軍大臣(大将)です。阿南陸相は鈴木貫太郎(海軍大将)内閣の中にあって終始ポツダム宣言受諾に反対し、梅津美治郎参謀総長(陸軍大将)と共に陸軍の意思を代表していました。彼こそ、クーデターを起こした青年将校がリーダーとして持ち上げようとした人物で、実際にクーデターの試案すら作られていました。

しかし、結局阿南陸相はクーデターに乗らず、八月十五日「一死以テ大罪ヲ謝シ奉ル」という有名な遺書を残して切腹して果てました。この死に、私は言葉にできない衝撃を受けました。

その番組は戦後五十年を記念したものだったと思いますが、その時まで私にとっって「戦争」とは遠い過去の、自分たちとは全然違う世界の出来事のように感じていたのです。そして「切腹」などというものは、それ以上に異質なもの、それこそ時代劇の世界にしかありえないはずのものでした。

ところが、その番組では実際に事件に参加した軍人が、インタビューに答えてテレビに出ているではありませんか。見たところ、特別な感じはせず、普通のおじいさん、といった印象です。その人物は当然ながら「戦争」の時代を生き、番組中で語られた阿南陸相と同じ空気を吸っていたのです。

現実感のない「切腹」という方法で最期を遂げた人物と同じ時代を生きた人が、今まさにふつうに生きて喋っているーーー。この事実は、戦争の時代と自分との予想もしていなかった近さを感じさせるに十分な出来事でした。

同時に、その予想外に近い過去、「切腹」という方法で死を選んだ阿南惟幾という存在が、戦前〜戦中という時期と自分が今立っている時代との余りにも大きな隔たりの象徴のように思えました。

「近くて遠い時代」。陳腐な言葉ですが、そう表現するのが最もふさわしいのが私にとっての「日本の近代」だったのです。

正直にいいますが、阿南陸相の自決を知った自分は、問答無用で「格好いい」とも思いました。切腹という「サムライ」の死に方、簡潔でこれ以上ない遺書の言葉、そして国に殉ずるということ。現代の学校教育とは真反対のことばかりですが、先生の教えを一気に吹き飛ばすだけの衝撃でした。

どうしようもなく感動した自分がいました。今ではもっと冷静に、歴史的な視点から見ることはできますが、やはり感情のレベルでは「格好いい」という気持ちを排除できません。もちろんそれは死を礼賛するということではなく、「命をかけて」という言葉を文字通り実行した人間の責任感や覚悟、そして忠誠心というものに対してです。

阿南の経歴を辿ると首を傾げざるを得ない点もあり、批判的に言及すべきという評価もできます。

しかし、それを考慮しても私の中の阿南に対する敬意は消えませんでした。そして、この人物一人だけではなく、「責任感」と「覚悟」を同じくする人が、他にもいたのではないか、というのが私が近現代史に興味を持ったきっかけの、大きな一つだったのです。以後、「近くて遠い時代」への興味は広がり、強まりこそすれ、無くなることはありませんでした。

そして今、曲がりなりにも近現代史についての本を書き、幸いなことに評価も頂けるようになりました。これからnoteに何を書くかは決まっていませんが、歴史に関すること、研究や執筆に関することなど、政治に関すること、書評など批評的なことetc…。と、少しまじめに書いていきたいと思います。よろしくお願いします。


追記:宮城事件や阿南惟幾については、基本的なものとして以下の二冊をおすすめいたします。

半藤一利氏の最初期の著作。おそらく、宮城事件関係では最も広く読まれた本。二度映画化。

角田房子による阿南の評伝。多くの関係者へ取材し、阿南の人物像を描き出す。阿南伝の基本的な一冊。角田は、今村均や本間雅晴の伝記も書いている。

ご厚意は猫様のお世話代、資料購入費、生きる糧などに充てさせていただきます。よろしくお願いします。