天才論



 俺は天才だ。天才論を書き上げた辻潤。飢えて死んでいった辻潤。彼はどこに行こうとしている?どこにも行こうとしていないのかもしれない。どこにも行けないのかもしれない。死んだ後になっても何かが彼を掴まえて離さないのかもしれない。



 俺は天才だ、と俺は言う。彼女はその言葉を聞いてゆっくりと頷き、花のように笑った。俺は懐から拳銃を取り出して、彼女に突きつけて引き金を引いた。そこで目が覚める。俺は急いで引き出しからノートを取り出し、「なぜだろう?」と書き付けた。しかし肝心な夢の内容について書くことを忘れたので、後でこのノートを読み返してもきっと俺は一体何についての疑問だったのかということを思い出せずにいることだろう。



 俺は天才だ、天才だから迫害されるんだ。と俺は言った。それは大変だ、抗議しに行こう、と彼女は言ってから1枚の紙と1本のペンを取り出して俺の目の前に置いた。そして彼女はさあここにあなたを迫害した人の名前を次々と書き付けていって、と言った。俺は悩んだあげくに「全員」とだけ書いて紙を彼女につき返した。彼女は困ったような顔をして、「全員かあ」とだけ呟いた。俺は目をそらし、煙草に火をつけて吸った。「じゃあその中で一番あなたを迫害したのは誰?」と彼女は言った。俺は彼女から見えないように紙を体で隠しながら、「お前」と書いたが、すぐに思いなおしてぐしゃぐしゃと消した。そしてさらに紙を丸めてゴミ箱に捨てたが、それもまた思い直して、結局びりびりに破いて灰皿の中で火をつけて全て燃やした。俺は彼女の反応は一切見ずに横になり、その辺にあったマンガを積み重ねて枕にして目を瞑ってしまった。どこかで何かのパイプの中を何かの液体が流れていくような音がした。

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