言葉たち

・甲の言葉


 「そうさ。どんなものでも形にすることが出来るのさ。僕らはどんなゼリーでも凍らせることができる。愛も力も神も、全部目に見える形にしたてなおすことができるんだ。愛とはすなわち…えぐりとられた心臓だよ。誰かが誰かのために自らナイフで抉り取った心臓…それこそが愛さ。それ以外のものは愛じゃないよ。力?。力は王冠さ。王じゃない。…いや違う。今のは忘れてくれ。力とはむしろ王冠を失った王さまのことだよ。退位した王。凡人に成り果てたかつての権力者。そういう人々を見る時ほど力の存在を信じられることはないね。その皺に刻まれた絶望の深さが、掻き毟った目玉にこびりついた血の混じった目やにのおぞましさが、彼らが失ったものの大きさをこれ以上ないほどに証明しているんだ。…神?神ね。神についてはね、僕の知り合いの女の子が言っていましたよ。彼女には3歳になる息子がいるんだが、それぐらいの年齢になってもほとんど言葉を話さないし、オムツもとれない。一種の育児ノイローゼのようになっていた彼女はある日布団の上に横たわってすやすや眠っている息子の寝顔を見た。するとかつてないほどの怒りに全身が襲われたというんだね。毛穴は引き締まり、呼吸が激しくなって自分の心臓の脈打つ音が何もしなくてもはっきりと聞こえた、とかいっていたね。そんな怒り…まあ彼女は怒りという言葉を最後まで使いたくなかったみたいだけどね。僕が説得したんだよ。それは紛れもなく怒りだよってね。そういうのを怒りって言うんだって。まあそれはともかくそんな怒りに襲われた彼女が何をしたか、君にはわかるかな?あのね、彼女は息子のズボンとパンツをいきなりひきさげてね、股間にちょこんとおできみたいに乗っかったちんちんを玉もろとも口の中に入れてしまったんだ。食べたって意味じゃないよ。ただ吸ったり舐めたりしただけで、それ以上は何もせずに吐き出したそうだけどね。けどね、そんな塩辛い一物を舌の上で転がしている時にね、彼女ははっきりと見たそうだよ。紛れもない神の姿を。」


・乙の言葉


「ここは病院だって言う人もいるけどね。僕は違うと思っている。だって会う人会う人全員いかれてるんだものね。マサさんには会った?会ってない?一応その人が僕らの班の担当ってことになっているんだけどね、いや実際ここが(そう言いながら乙は自らのこめかみを指差した)一番アレなのはあの人だからね。ちょっとでもここの外のことについて尋ねたら怒り狂うんだから。といっても暴れたり殴ったりそういうことをするわけじゃないんだよね。何かたまたまっていう風を装って熱いコーヒーをかけたり、足めがけて鋏を落としたり、とにかくちっちゃいちっちゃい意地悪みたいなことを1日中延々と繰り返すんだよ。そしてそんなのが1週間ぐらいは続く。謝っても決して許してくれないんだ。いやね、口では「そもそも怒ってない」とか「仕方ないな、そんなに言うなら許してやるよ」って言うんだよ。でも行動は全く変わらないんだ。いや実際辛いよ。何だかね、観察してみるといじめをして気がはれるってわけでもないみたいなんだよ。そういういじめをした後でマサさんが1人で誰もいないところにいって「またやっちまった」とか言って壁を殴ってるのを見たことある奴が何人もいるんだ。いじめをする度に怒りが生ずるんだけど、その怒りは自分には向かわないで結局他人に向かってしまうと…何だかそんな感じなんだよね。周りにいる我々はたまったものじゃないよ。でも彼の言うことを聞かないと僕らは食事をすることも出来ないわけだからね。どうすることもできないってわけさ。…外のことについて聞かれると怒るのは、実際のところマサさんも外のことについて何にも知らないからじゃないかと僕は思っているけどね。」

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