小説 アンドロメダから僕は来た(第二校) 第6話
畳の上に毛布一枚で寝ていた僕は、明け方の冷え込みで目が覚めた。卓袱台には昨夜の宴の残骸が残されたままだった。
起きようしたら二日酔いで頭がズキズキ痛い。僕は自分の布団に行く事を断念し、そのまま蹲る様に朝まで毛布に包まっていた。
「朝だよ!起きて」
いつの間にか二度寝していた僕は、真夏ちゃんの声で目を覚ました。
今日は修理したUFOの試運転をする。
じいちゃん運転の軽トラで僕達はUFOに向かった。
軽トラの荷台に真夏ちゃんと運転席の壁にもたれて座る。砂利道をガタガタ揺られていると、二日酔いの僕は気持ち悪くなって来て顔を膝に埋めた。
「大丈夫?」
真夏ちゃんは僕の肩に手を掛けて心配そうに覗き込んだ。真夏ちゃんの顔が近い、気持ち悪いのは何処かに飛んでしまったが到着するまで僕は気持ち悪い振りを続けた。
僕は一人でUFOのコクピットに乗り込んだ。皆が心配そうに見つめる中、反重力装置のスイッチをオンにした。
少しずつ反重力パワーを上げて行くとフワリとUFOは浮き上がった。もう一段パワーを上げると、バリバリと枝を折りながらUFOは木立の間を上昇し、快晴の空に突き抜けた。
「やったぞ!」
僕はガッツポーズをした。眼下ではUFOを見上げる三人が米粒の様に見える。真夏ちゃんがバンザイしながらぴょんぴょん飛び上がっていた。
フラフラと不安定な飛行だったが、反重力装置の交換はどうやら上手く行った様だ。僕はそのままじいちゃんの家の裏の畑まで飛んで着陸した。
フウと息を吐いてコクピットから降りると、少し遅れて軽トラが帰って来た。「すごいすごい!」と真夏ちゃんは僕に抱き付いて来た。誇らしい気持ちの僕はどさくさ紛れに真夏ちゃんの背中に手を回しをグッと抱き寄せた。
「お前の船、大したもんじゃのう、ほれ、何じゃっけ?あの、土瓶とか言うヤツ」とじいちゃんが言った。
「ドビンじゃなくてドローンでしょ」
「それそれ、まるでドビーンみたいじゃな」
「だからドローンだって、じいちゃん」
「ハハハハハ」
皆の明るい笑い声が森の中に響き渡った。
その日の午後、真夏ちゃんは魚藍坂46のツアーに戻り、おばあちゃんは秩父に帰った。
真夏ちゃんは今ツアーを最後に魚籃坂46を卒業する、と電撃発表した。グループのリーダー的存在で人気者の真夏ちゃんのグループ卒業宣言は、ファンのみならず世間を騒がせた。
「私はアンドロメダに帰ります。今までお世話になった地球のファンの皆様、そして関係者の皆様に心から感謝します、本当にありがとうございました」
真夏ちゃんの卒業会見の模様は、テレビ各局のトップニュースとして繰り返し放映された。
真夏ちゃんが涙ながらに語った「私はアンドロメダに帰ります」という言葉は、世間には気の利いたジョークとして受け止められ流行語にもなった。真夏ちゃんはただ真実を伝えたかったのだと思うが、僕はそれで良かったと思っている。
魚藍坂46の卒業ライブはみんなで見に来て欲しい、と真夏ちゃんは東京ドームのツアーファイナルのチケットを送ってくれた。僕とじいちゃんは試運転も兼ねてUFOで秩父のおばあちゃんの家まで行くことにした。
僕はUFOを何度も試運転し飛行のクセも習得し、かなり安定した飛行が出来る様になっていた。
だが最近、四国の山中にUFO現る、といった情報が巷を騒がせる様になり、テレビの取材が山奥のじいちゃん家にやって来た「そんな物見た事無い」としらばっくれると、テレビクルー達は首を傾げながら帰って行った。
僕は明るい時間帯にUFOを飛ばすのは危険と考え、真夜中に秩父に向けて出発する事にした。高いところが大の苦手なじいちゃんは「オレは軽トラで行く」と最後まで言い張ったが、半ば強引にUFOに乗せた。
UFOがフワリと浮き上がるとじいちゃんは「なむさん、なむさん」と目を閉じ合掌していたが、そのうち慣れた様で、眼下に広がる夜景を「おお、きれいじゃ」と見下ろしていた。
UFOはものの数分で秩父のおばあちゃん家の上空に来た。おばあちゃんが下で手を振って迎えてくれている。UFOはおばあちゃん家の庭にフワリと着陸した。
「なーに飛行船などどうって事ない、高い所からの景色は最高じゃぞ」
じいちゃんは自慢げにおばあちゃんに話していた。
真夜中に出たにも関わらず「秩父にUFO出現」と夕刊紙にすっぱ抜かれた。僕はUFOが見つかっては大事だとUFOにブルーシートを掛け、枯れ木や枝で念入りに隠した。
僕達三人はよそ行きに身を包み東京行きの特急電車に乗った。じいちゃんとおばあちゃんは出発するやいなやビールを開け、楽しそうに会話している。本当にこの二人は仲が良い。
見覚えのある車掌がやって来て、切符をチェックすると僕らには目もくれず行ってしまった。真夏ちゃんと二人で乗った時は、あれほどジロジロ見られたのに。
終点の駅から地下鉄に乗り換え、会場のドームがある駅に向かった。巨大な白い風船の様なドームを眼前にしたじいちゃんは、そのあまりの大きさに圧倒されしばらく立ち尽くしていた。
「何がドームじゃ、大した事無いわ、市民球場の方が立派じゃ」
広島ファンのじいちゃんが粋がって言うと、
「野球は巨人だがね!」とおばあちゃんは言い返した。
あれほど仲の良かった二人の間に、何やら不穏な空気が流れ始めた。
コンサートグッズが売られているテントには、多くの人が群がっている。僕達は人混みを掻き分けて、真夏ちゃんのタオルとペンライトを買った。じいちゃんはペンライトを不思議そうに眺め「この懐中電灯、何に使うんじゃ」と呟いていた。
真夏ちゃんの卒業ライブはソールドアウトで客席は全て埋まっていた。アリーナを貫く様に伸びる長いステージの最前列が僕達の席だった。ぐるりと見渡すと僕達は数万人の観衆に囲まれていた。
この中で歌うのか、改めて真夏ちゃんがスーパーアイドルである事を実感し、僕は身震いした。
広島vs巨人で揉めていたじいちゃんとおばあちゃんは、僕を間に挟んで座り、お互いプイと背を向けている。
「まあまあ二人とも、今日は真夏ちゃんの最後のステージだから、そんな顔してちゃ真夏ちゃんが可哀想だよ」
気まずい二人に挟まれた僕は二人をなだめて見た。
じいちゃんとおばあちゃんは「それもそうだな、ハハハ」と顔を見合わせて笑った。本当は仲直りしたかったくせに、全く世話の焼ける二人だ。
会場が暗転し巨大なスピーカーから爆音が始まった。じいちゃんとおばあちゃんは余りの音に、度肝を抜かれた様子だった。
ステージの袖から次々と魚藍坂46のメンバーが手を振りながら駆け出して来た。
「今日はみんな来てくれてありがとう!」
最後に登場した真夏ちゃんの掛け声を合図にライブが始まった。メンバー達は広いステージを所狭しとばかりに歌って踊る。
耳を劈く様な音と煌びやかな照明に、僕達は圧倒され、ペンライトを振りながら立ち上がって盛り上がる周囲のファン達に取り残された。じいちゃんは勝手に点いたり消えたりするペンライトをボーっと眺めていた。
手を振りながら真夏ちゃんが駆けて来て僕達に向かって手を振った。違和感たっぷりの僕達は目立っていたと思う。
「みんな楽しんで行ってね!」
「ウォーッ!」
真夏ちゃんの声に応えて地響きの様な歓声がドーム中に轟いた。
ライブが終盤なる頃、ようやく僕達は会場の音や雰囲気にも慣れて来た。いよいよ最後の曲となりドームの照明が落とされ真っ暗になった。ステージに立つ真夏ちゃんにスポットライトが当てられた。
「私は今日、魚藍坂46を卒業します。今まで応援してくれたみんな、本当にありがとう!そして私を支えてくれた全ての皆様に感謝します」
真夏ちゃんは涙を流しながら気丈に言った。
「私は故郷のアンドロメダに帰ります。お世話になった地球のおばあちゃん、本当にありがとう」
スポットライトが客席のおばあちゃんに向けられた。ハンカチで目頭を押さえているおばあちゃんにスタッフがステージに上がるように促した。
突然の出来事で、躊躇したおばあちゃんに「さあ」とじいちゃんが手を差し出しおばあちゃんはじいちゃんのエスコートでステージの階段を一段ずつ登って行く。
ステージ上に立ったおばあちゃんとじいちゃんに数万の観衆の拍手が沸き起こった。真夏ちゃんは大きな花束をおばあちゃんに渡し「おばあちゃん大好き」とハグをした。
◇
翌朝、僕とじいちゃんは夜明け前にUFOに乗り込んだ。
これ以上のUFO出現騒動はアンドロメダへの帰還に支障が出かねない。人間の目視が及ばない成層圏を飛んで、四国まで帰る事にした。
反重力装置のパワーを全開にするとUFOはシュンと一瞬で成層圏まで上昇した。
成層圏に到達すると同時にコクピット内に強烈な寒さが襲って来た。どうやら機内の暖房装置が上手く機能していない様だ。
じいちゃんと二人震えながら四国に帰り着いた。暖房が壊れた状態では、アンドロメダへの長い宇宙旅行は耐えられない。出発の日までに修理しなければならない。
僕は毎日じいちゃんと二人で修理を試みたが、暖房装置を直す事は出来なかった。時空変換無線も調子が悪いので、少しでも重量を減らそうとじいちゃん家に置いて行く事にした。
「家のある客用布団を積んでけ、最高級グレードの羽毛じゃから、寒さを凌げるじゃろう」
じいちゃんは通販で買ったフカフカの高級羽根布団をくれた。
真夏ちゃんは明日おばあちゃんと四国に来る。僕達はいよいよアンドロメダに向けて出発する。
つづく
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