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スラムマンションとチェンジされまくりおばさん


初めて一人暮らしをしたマンションは、

マンション内の治安が悪過ぎて

「スラムマンション」と呼んでいた。


誰も挨拶してくれなかったり、

大型ゴミに猫に粗相された臭い布団を出せば一瞬で盗まれたり、

エントランスで用を足している浮浪者がいるなと思えば住民だったり、

夜中に女性が勢いよく飛び出してきてエントランスに茶碗や何かを投げつけ走り去り、

男性がそれを走って追っていく様子を目撃したり、

同じフロアに乱交部屋があったり、

隣がデリヘルの待機部屋だったりした。


私は特に直接的に自分に被害があるわけでもないので、

気にせず住んでいたのだが、

いつしか隣によく出入りする人間で、

とても気になる人物ができるようになった。


「チェンジされまくりおばさん」

である。


チェンジされまくりおばさんは、

毎日毎日待機部屋に出勤しては、

ケータイをいじりながら呼ばれては出ていき、

毎回物凄い早さで帰ってくる。

きっと毎回

「チェンジ」

されているためだろうと思われた。


まあきっとそうだろうなあ、

という見た目を、

チェンジされまくりおばさんはしていた。

「特殊メイク以外でその顔色って表現できたんだ」

と思うほど土気色の、死人のような色の顔をし、

「世界中の不幸を一気に背追い込みました」

とでもいうようなとてつもない負のオーラを背中にまとい、

社交ダンスのドレスみたいな服に就活用シューズみたいなのを合わせるファッションセンスで、

「性」も「生」もどちらも感じられない容姿をしていた。

(一部のマニアにはたまらないのかもしれない)


私はチェンジされまくりおばさんが毎日出勤してきているということ、

毎回チェンジされては即帰ってきていることに気付いてからというもの、

チェンジされまくりおばさんのことが気になって仕方なくなるようになっていった。


どうしてそんなに顔色が悪いのか。

何があればそんなにも負のオーラを纏うことが出来るのか。

どうしてそんなにもおかしなファッションセンスなのか。

何より、

どうしてそんなにもチェンジされながら、

この仕事を毎日毎日続けているのか。

どんな鋼のメンタルなのか。


多分あのチェンジされ率から考えれば、

当時住んでいたマンションの隣のコンビニでフルタイムで働いた方が稼げただろうと思う。

それなのにチェンジされまくりおばさんはなぜ、

あの仕事に固執していたのか。


チェンジされない仕事中だけは、

「生」も「性」も感じられるようなおばさんに変身することが出来ていたということなのだろうか。


私はチェンジされまくりおばさんが気になって仕方なくなっていった。


最近の新型コロナで収入に影響があった人、

の話になると私は必ずチェンジされまくりおばさんを思い出す。

(自分も当事者であるが)


きっと大して稼げていなかっただろうが、

それでもおばさんが出勤することが出来なくなったりしたら、

おばさんは他に行くところがない。


おばさんのアイデンティティは大丈夫なのだろうか。


私はあのスラムマンションを出てから後悔していることが一つだけある。

このチェンジされまくりおばさんに

「どうしてこの仕事を続けているんですか」

と聞けなかったことだ。


引越し日当日まで悩みに悩んだが、

やっぱり勇気がなくて聞けなかった。


もしチェンジされまくりおばさんにその質問ができたなら、

どんな返事が帰ってきたのだろうかと今でも考える。



今日もおばさんはチェンジされまくっているのだろうか。


まだまだチェンジされまくっていてほしいという思いと、

もうちょっとはチェンジされなくなっていてほしい、

と願う自分がいる。



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