スラムマンションと正解おじさんの正解



早く実家を出たくて、

初めて一人暮らしをしたのは札幌の中ではかなりの治安が悪めの地域だった。

ちょっとしたスラム感があった。

「女性の一人暮らしはあまりオススメできない」

と言われながらも、

駅から徒歩30秒くらいでトラブルに巻き込まれる前に帰れそうだったし、

諸々の事情(主に安すぎる家賃)で私はそこに住むことに決めた。

少し古めではあるが分譲タイプのマンションで収納は多く、

オートロック、管理人常駐、エレベーター付き、1LDK、風呂トイレ別、都市ガス。

それなのに家賃が39,000円だった。

初めての一人暮らしでもわかる異様な安さだった。


実際に住んでみないとわからないこと、というのはたくさんあって、

そのひとつが「マンション内の治安」だった。

私は「トラブルに巻き込まれるだけの距離もなく帰れそうだから」、

という理由で超駅近マンションに決めたのに、

まさかのマンション内の治安が悪すぎるマンションを選んでしまっていた。


まず、

私の隣の部屋が派遣するタイプの風俗店の待機部屋だった。

別に色んな女性が入れ替わり立ち替り出たり入ったりするのもいいし、

常に複数の女性が待機していること自体もいいし、

女性を取り締まってる的なチンピラヤクザ風男子が怖かったのも構わなかったけど、

しょっちゅう夜中の3時から盛大にパーティーを開始したりするのは嫌だった。

多分発音的にパーティー⤵︎ではなくパーティー⤴︎のやつだった。

それでも人というのは慣れるもので、

私は騒音の中でも快眠できるスキルを即身につけて、

なんら問題なく暮らせるようになった。

でもそれからしばらく経ってから、

同じフロアに乱交的なことに使われている部屋があることにも気付いてしまった。

その部屋の玄関のドアが開くと真っピンクの照明が煌々と漏れ出して、

玄関奥にはずらりといろいろな制服が掛けられていて、

そこに超絶に自分イケてると思っていそうだけど全然イケてない男女が吸い込まれていくのを何度か見た。


どんだけ性に乱れたフロアなんだ。

マンションの同じフロア内でそんなことがあっていいのか。

そして、

あんなにもイケてない人々で乱れて交わるのは果たして楽しいのか。


私はいろいろな思いを抱えながらも特に自分には害がないので、

あまり深く考えないようにして暮らしていた。

隣の待機部屋でめちゃくちゃしょっちゅうチェンジされて即帰ってくるおばさんがいつも気がかりではあった。


ある日夕方くらいにマンションに戻ってくると、

ヒゲがぼうぼうに伸びきった浮浪者のおじさんがマンションの外のエントランスで立ちながら用を足していて、

「何故ここで???せめてコンビニのトイレを使えばいいのに・・・」

と不快に思っていると、

その浮浪者は用を足し終えると、

何事もなかったように鍵を取り出しオートロックを解除してマンション内に入っていった。

私はびっくりして一瞬何が起こったのか理解できなかったが、

その浮浪者だと思ったおじさんは、同じマンションの住人だったのだ。


上がればすぐ自分の部屋にトイレがあるのになぜマンションの外で??!??!?!?!


意味がわからなすぎて私は固まり、

「もしかしたら私はとんでもない所に住んでいるのかもしれない」

と思うようになった。


その他にも喧嘩したらしきカップルの女性が男性の持ち物を全てマンションのエントランスにぶちまけて逃走する姿を目撃したり、

その後鬼の形相で男性が降りてきて多分先ほどの女性を追いかけていく所も目撃したり、

猫が粗相をした布団をマンションのごみ捨て場に捨て、貼り忘れた大型ゴミのシールを貼りにごみ捨て場まで戻ったら、

一瞬の隙を突いて捨てた布団が盗まれていたり、

エレベーター内に「805号室のやつら毎晩毎晩うるさい!!!!!」

という張り紙がされていたり、

マンション内で住人に挨拶しても無視されたり、

風俗の待機部屋と乱交部屋の間では8畳くらいのワンルームで親子三人が暮らしていたり、

すぐ思い出せるだけでも数々のトピックスに恵まれたマンションだった。


いろいろと「どうかなあ」と思うところはあっても、

昔住んでいた神社の奥に比べれば比較にならないほど住居スペック的にマシなので私は我慢できていたのだが、

隣の待機部屋の取り締まり的な男性がめちゃくちゃ怖い人に変わり、

夜中に始まるパーティー⤴︎が、

アウトレイジのような「怒号大合戦」みたいになってしまったので、

さすがにびびった私はいい加減そのマンションを出ることに決めた。

待機部屋のチェンジされまくりおばさんは、

今でもチェンジされまくっているのか時々思い出す。



治安が悪いのはマンション内だけではなくて、

当然ご近所にも、

良く表現するとユニークな方達がお住まいだった。

コンビニの前に座り込み、道行く人に罵声を浴びせ続ける罵声おじさん。

奇声を上げながら自転車をコンビニにぶつけてはまた奇声を上げて喜ぶ中学生。

夜な夜な現れる珍走団。

迷彩服を着て、政治思想の強そうな何かを並べてその辺の道端で売っている迷彩おじさん。

スーパーの半額商品を買う人を指差し「正解!!」と言っていく正解おじさん。

スラムには変なおじさんが多い。

私はそんな変なおじさん達の中でも、

「正解おじさん」

のことをよく思い出す。

正解おじさんの出没するスーパーは、

開店と同時にその日賞味期限のパンが半額になるシステムになっていて、

開店時には半額狙いの開店待ちの人の列ができていた。

そしてその半額列に正解おじさんも並び、

パンゾーンに一目散に辿り着いては、

半額パンを手にする人たち一人一人を指差し、

「正解!!」

「正解!!!!」

と正解者を続出させていたのだった。

当時の私は菓子パンが好きすぎたので、

よくその列に並んで正解パンを購入することもあったのだが、

カロリー的には不正解だったのでめちゃくちゃ肥えた。


正解は、おじさんの数だけある。


ある日正解おじさんが、

多分その日賞味期限じゃない商品を「これも半額にしてよ」

と店員さんに迫っているのを見た時、

私は何か勝手におじさんに失望したような気持ちになって、

正解とは何なのか全くわからなくなった。

正解を司りし正解おじさんが、

正解を強要する姿なんて見たくなかった。



私はそれからずっと今も、

正解を探す旅の途中にいる。

















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