ショートショート|ぎりぎりランプの精
その日、おれはリユースショップでランプを買った。
よくあるLED電球のランタン型ではなく、アラビアン・ナイトにでも出てきそうな、古めかしい形状のオイルランプだった。
アウトドアで使うには利便性が低すぎる。そんなことは重々承知している。
それよりも、見た目が大事なのだ。センスだよ、センス。見たまえ、この趣深さを。つい感性をくすぐられてしまったとしても、仕方がないじゃないか。
などと、誰に対してか分からない言い訳を心の中でつぶやきつつ、帰宅した。
中古品なので、さすがにサビや汚れが気になる。おれは物置に眠っていたコンパウンドと布を引っ張り出してくると、ランプの表面を磨き始めた。
しばらく擦り続けていると、何やら中からガサゴソと音が聞こえることに気づいた。
なんだろう。もしや、虫でも入っていたのだろうか。ゴキブリだったら嫌だな。
おれは少しビビりながら、細い筒の中をチラっと覗き込む。
するとそこには、ヒゲ面の小さいおっさんがいた。ランプの先っちょのとこから這い出ようと頑張っているようだ。出っ張ったお腹がつっかえて、苦しそうにしている。「たすけて、たすけて」と泣きはじめたので、指先でつまんで、出るのを手伝ってやる。
おっさんはランプから出てくると、しばらく休憩して、それから3回くらい脱皮した。抜け殻を正座の上で畳みながら、おれと同じサイズまで膨らむ。よれよれのスーツがしっとり濡れている。
「こんにちは、ランプの精です」
おっさんは丁寧に、三つ指ついて名乗った。ヒゲを触り、アラビア感をアピールする。
そして、聞いてもいないのに、出自について解説をはじめた。
おっさんは日本生まれ日本育ちの純日本人なのだが、中年期のとある頃に千夜一夜物語に魅了されてしまい、ありとあらゆるアラビアグッズを集め始めたらしい。
そのうち、自らも千夜一夜物語の一部になりたい、と強く思うようになり、コレクションのアラビア製ランプに祈り続けるうちに、なんとかぎりぎり、ランプの精になれたのだという。
「なんですか、ぎりぎりランプの精って」
「何せ自己流なもので。本物のランプの精みたいにカッコよく決まらないのです」
そう言われてみれば、確かに。呼ばれて飛び出て、の過程も、オリジナリティに溢れすぎていた。
脱皮するランプの精など、聞いたことがない。
「願い事は叶えてくれるんですか。ランプの精って、『どんな願いでも3つだけ叶えてやろう』ってやつですよね。違いましたっけ」
「大体あっています。鳥山明風味が強い気もしますが」
「じゃあ、叶えてくれるんですか?」
「はい、なんとか。ぎりぎり」
なんと、全く期待していなかったが、願い事を叶えてくれるそうだ。
相変わらず、ぎりぎりの部分が気になったが、ランプの中から飛び出――這い出てきたことは、確かだ。魔法のようなものが使えるのかもしれない。
「じゃあ、おれをお金持ちにしてください」
想像力貧困なおれは、ひとまずド定番の願い事を伝えてみる。
「それは、お金がほしいっていうことですか」
まさかの聞き返し。
「それ以外に意味があると思います?」
「それじゃあ」
おっさんはスーツのポケットに手を入れて、何やらまさぐり始める。
そして、くっしゃくしゃの一万円札を取り出して、
「これで」
と手渡してきた。
「いや、え? これだけ? 一枚?」
「はい。え、だって一万円ですよ?」
「まあ、はい。うれしいですけど」
「ですよね」
じゃあどうぞ、とくっしゃくしゃを押し付けてくるので、おれは渋々受け取った。
労せず万札を手に入れた、と考えれば確かに嬉しくないこともないのだが、知らないおっさんからお小遣いをもらった感が否めない。
「えっと、願い事は3つまで、でしたっけ」
「はい、3つがぎりぎりです」
相変わらずぎりぎりだった。
おれは少しだけ、脳みそを働かせる。
おっさんがポケットから出せない物のほうがいいかもしれない。そうすれば、もう少し魔法らしいことをしでかすのではないか。
「じゃあ、可愛い女の子と付き合わせてください」
「なるほど、わかりました」
おっさんはそう言うと立ち上がり、机の上からおれのスマホを奪い取った。
なぜか顔認証をスルーして、アプリを操作しはじめる。
「ひとまず、アドレス帳の上から順に告白メッセージを送っていきますね」
「ちょっと待って」
「今どきは男なのか女なのか判断しにくい名前も多いですね。大丈夫です、ぎりぎりなんとかなります」
「やめて。お願い。後が、後が怖いの」
おれは懇願し、どうにか3つ目の願い事権を使って、愛の告白メッセージ無差別送信事件を未然にふせぐことに成功した。
顔認証をスルーしたあたりは、ぎりぎり魔法感があった気がしなくもないが、そんなことはもう、どうでもいい。
焦った。疲れた。めっちゃ疲れた。
「それでは、これで3つすべてのお願いを叶えましたね」
「はい。もう消えてください。今すぐに」
なぜか少しだけ満足げな表情のおっさんにイラつきながら、おれはしっしっと手を振った。
「名残惜しいですが、これでお別れです。ランプの精の役割をぎりぎり果たすことができて、光栄でした。またお会いできる日を心より」
「いいから。はよ帰れ」
「では、失礼します」
おれが少し声を荒げると、おっさんは早口に別れを告げた。
次の瞬間、おっさんの周りにどろん、と白っぽい煙が立ち昇る。
最後だけ、ぎりぎりランプの精っぽかった。
その日以来、誰もいない部屋の中に人の気配を感じるようになった。
知らないうちに、冷蔵庫の中の食料や酒が飲み食いされていることにも、しばしば遭遇した。
犯人は疑いようもない。
目を凝らすと、部屋の隅にうっすらと、おっさんのくつろぐ姿が見えるのだ。
ランプを処分すれば完全に消えてくれそうな予感がするのだが、なぜかランプまでおっさんと同じように半透明になっていて、ぎりぎり触れない。
出ていくようにおっさんを説得してみるのだが、「あ、ども」と、ぎりぎり反応するだけで、一向に立ち退く気配がない。
おれは、近日中に引っ越すことを決意した。
<了>
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?