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【最新版】プロローグ|83歳の現役シェフ/厨房ベルエポック

レストランで育つというのは、とても美味しくて、ちょっと大変で、何よりおもしろいことでした。

山のふもとに実在するフランス料理店の
美味しくて、ちょっとおかしな家族の風景を描く
ノンフィクション・エッセイの連載です。

83歳の現役シェフが、カウンターキッチンで腕をふるうフランス料理店をご存じでしょうか。1979年(昭和54年)にオープンしてからというもの、さまざまな口コミサイトのエリアランキングで常に上位を占めてきたお店です。

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レストランがあるのは、東京から特急電車に乗って2時間ほどの、山のふもとの町。ひとけのない駅で降り、改札の外に運良くタクシーが止まっていれば、乗り込んでさらに10分、走ります。大きな川にかかる橋を渡って、こぢんまりとした商店街を抜けた先、古い国道沿いに小さな森のような木立が見えたら、それがお店の目印です。

ケヤキや沙羅の木に囲まれた300坪ほどの敷地には、ところどころにアール・ヌーボー調の外灯が立ち、石畳のアプローチが森の奥へと続いています。小道に沿って流れる小川のせせらぎを聞きながら進むと、突き当たりには玄関の扉。木枠は長い年月を経て、つやつやと飴色に輝き、目の高さにはめ込まれたガラスには、お店のマーク──こんもりとした木のシルエット──が刻まれています。

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皿の上の料理は、繊細さと華やかさを併せ持ちながら、シンプルで上品な佇まい。口に入れると重すぎず、しかし奥行きと立体感をもった味わいが広がります。「美味しさ」を構成する要素が絶妙なバランスを保った仕上がりは、どこにでもありそうで、なかなか出合うことのできないもの。シェフの60年以上にもわたる探究のたまものです。

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レストランには全国から、時には海の向こうからも、お客様や弟子入りを望む若者たちなど、たくさんの人が訪れました。

美食家を名乗る石油化学メーカーの副社長や、コスパの良いレストランを自腹で探し歩いてランキングサイトをつくっていた大手広告代理店のクリエイティブ・ディレクター、日本を代表するホテルを辞めて働きにやって来た料理人など、その顔ぶれは多岐に渡ります。

40年近くの間、「派手でも奇抜でもないけれど、ほんとうに美味しいフランス料理」を追い求める人たちが出会い、楽しみや志を共にする場所だったと言えるかもしれません。

でも、レストランの名前や素顔を知っている人は、多くないでしょう。というのも、シェフが取材の機会をことごとく避け、テレビにも新聞にも雑誌にも、ほとんど出ようとしなかったからです。もちろん、SNSもやっていません。

「1日だけ話を聞いてもらったって真意は伝わらないし、何より俺は1人ひとりのお客様の“お抱え料理人”でいたいんだ。いつも、その方にとって人生で最高のうまい料理をお出しして、日本一のレストランをつくりたい」

そう言って、今日も厨房に立つシェフが、今回、「お前にだったら、何を書かれてもいいや」と言い出しました。シェフと私の関係──。それは、もうすぐ40年の付き合いになる、父と娘です。

そこで、お店の評価は足を運んでくださったお客様の舌にお任せするとして、こちらではレストランとは別の味わいのコース料理(連載)を客席の裏側、すなわち厨房とその周辺から作ってみることにしました。

フランス料理がまだあまり知られていなかった昭和の終わり、小さな田舎町で「日本一のレストラン」をつくりたいと夢見た男。フランス語で「黄金の道」を意味する店名を掲げ、どこまでも料理人としての王道をゆくのだと心に決めたシェフ。

その途方もなく大きな夢と、時に酔狂なほどの情熱とともに暮らすのは、それはそれは美味しくて、呆れるほど大変で、何よりおもしろかったのです。そんな家族の風景は、メニュー(目次)にすると、こんな感じ。旬の食材(ネタ)が手に入ったら、変更するかもしれません。

厨房ベルエポック

プロローグ|83歳の現役シェフ
1皿目|まぼろしのイカめし
2皿目|猫舌スパイのコンソメスープ
3皿目|1981年のクリスマス
4皿目|ボンジュール! 味噌汁
5皿目|オマールのしっぽフライ
6皿目|始まりは、ピスタチオのアイス
7皿目|ロゼ色の決闘ステーキ
8皿目|トリュフのほろ苦バレンタイン
9皿目|トースター・チキン
10皿目|3月11日のパテ・ド・カンパーニュ
エピローグ|レストランの17時


バカにされても、笑われても、夢中になれるものがあること。料理やレストランに魅せられたこと。そして、誰かの幸せのために働くこと。そんな経験をもつ、すべての方のお口に合うことを願いつつ。

それでは、どうぞ、召し上がれ。連載「厨房ベルエポック」へようこそ。

1皿目は「まぼろしのイカめし」です。

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※この記事は以前に投稿した「プロローグ/厨房ベルエポック」の内容を加筆・修正したのち、再投稿したものです。

※登場人物の名前は、プライバシーに配慮して仮名といたします。


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文筆業。新聞社系出版社で週刊誌や月刊誌の記者→外資系出版社でWebエディター→フリー。ノンフィクション、ルポ、エッセイなどを、のんびり書いています。ときどき翻訳も。写真を撮るのが好き。https://www.instagram.com/romy_0123/
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