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82歳一人暮らし実チチの生存確認

82歳一人暮らしの実チチには、だいたい毎日電話をしている。

いわゆる「生存確認コール」ってやつだ。

だからたまに「はいはい」と出たあと「生きてるよ」と言ってくる。

昨日の電話では、訪問した時にカバーを洗って日向に干した枕について「ぺっしゃんこだったのがふんわりしていい感じだった。よく眠れた。ありがとう」と言われた。

ちょっと嬉しかった。あまり家事ってそんなに改めて感謝されるものじゃないから、言われると嬉しいもんだと気づかされる。

日のよっては「落ち込んで仕方がない。やろうと思っていたことが半分もできなかった」とか「誰とも話さないで一日が終わるよ」と、どん暗い時がある。これには「半分できたと思えばいい。締切はまだ先でしょ」とか「私と今、話してるし。終わってないし」と返す。

私らはもともとが仲の良い親子ではない。お互いのことを嫌ってはいないけど、気があわないし、用事のない時以外に会話はなかった。もともとが、そんななので、家事のことや世間のことなどを質問されて、答える。そんな実質的な会話が多い。

でも少しずつ私と父の間の空気は変わってきたように思う。

会話の最後が「ちゃんと寝て」「風邪ひくなよ」「仕事がんばってね」「またね」とかで終わるようになった。お互いを気遣う言葉なんて、言われたことも言ったこともあっただろうか・・・正直なところ記憶にない。

これは大きな進歩だ。

いや成長だな。そう82歳チチと51歳ムスメ、いい歳だが、もりもり成長中なのだ。

以前は「じゃ」とか、ひどい時はどちらかが途中でガチャン切りも何度もあった。そもそもお互いに「お母さんに代わって」か「お母さんに代わるわ」で直接電話でちゃんと話すことなんてなかった。顔を合わせている時も母を通してしか話なんてしていなかった。

それが母が去ってからの近ごろの父は愚痴をこぼしたりもする。ムスメにだ。愚痴に共感も反感もなくただただふーんとかへーとか言いながら聞いていると、こぼした後に「あまり愚痴ばっか言っていると生存確認さえもいやになってこなくなっちゃうかもしれないな」なんて言う。「じゃーあまり愚痴はほどほどにしないとだな」と私は笑って返す。

小さい、実に小さな成長で、新しい関係を少しづつ構築中というところだろうか。

しゃて、今日も後で生存確認しなくっちゃ、だな。

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