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「やさしい」の考察 #190427sat.

憧れる人がたくさんいるのだけど、その人たちを頭の中で並べて、どんな人だろう? と考えると、わたしの言葉でいえば「 #強くてやさしい 」人だ。だから、わたしも強くてやさしい人になりたい。

ここ半年くらいは、じゃあ、強くてやさしいってどういうことか、ゆるゆると考え続けている。

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#soar という、わたしが大好きなWEBメディアがありまして。そのsoarさんが先日、クラウドファンディングで集金1,000万円超え、パトロン1,000人超えを達成されたのですけれど(本当にすごい)、そのときのLIVE配信で、代表のみずほさんがこんな風に言っていた。

うちのスタッフはみんな、目の前の相手を喜ばせたい気持ちが強い

それで、わぁーやさしいなぁーと思いながら、わたしは相手を喜ばせたい気持ちがあんまり強くない方だな、とも考えた。

「目の前の人を喜ばせたい」は、素敵な飲み物を用意するとか、素敵な場所に案内するとか、落ち込んでいたら励ます、とかで、いわばサービス精神といえるかなぁと思う。そしてつまり、相手の今の状態から+αでよい状態になるように働きかける、ということかなぁ、と。

だけども、相手を喜ばせたい気持ちが強くないからといって、やさしくないとは言えないような気がしていて。

それじゃあ、わたしの目指している #やさしさ は何なのかというと、相手がそのままで許す、ということなのかもしれない。キレイで素敵な部分はもちろん、もしも相手が汚くて卑しい面や、上手にできなくて恥ずかしい面をわたしにみせても、そういうこともあるよね、と思っていたい。

どうして「許す」やさしさをわたしが持っているor持ちたいかといえば、やっぱりわたし自身が、サービス精神のやさしさよりも、許すやさしさを欲しているからなんだろうな。

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どんなのやさしさを好むかってどうやって決まるのかなぁ、とも考えていて、それは他者への「 #愛着 」の強さが関係しているのかなぁ、という話をまた今度する…かもしれません。

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ギリギリ東北の山の中で、資本主義から遠め、動物との暮らしを模索中。バイトで日銭を稼ぐ。 // 職歴:2017春からフリーター<田舎&子ども系NPO<環境省非常勤<大学院生物学専攻