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ニュージーランドで考えた、人が亡くなるということ

 ニュージーランドに来て、お世話になった方が逝去した。彼はセキュリティの仕事をしている人で、車でほぼ一日中湖畔を回っている人だったから、湖畔に住む人たちと皆顔見知り。お葬式には300人くらいの人が来ていたと思う。

彼は住民皆を知っていたし、住民も皆、彼を知っていて、とても愛されている存在だった。

彼が愛されていることを実感したエピソードを一つ。ちょうど一年前ごろから癌で体調を崩し、入退院を繰り返すようになる。そこで、この湖畔の住民を中心に、彼の闘病代の寄付が募られたのだ。口座が開き、私たちも微力ながら寄付をした。人口300人弱のこの村でなんと、日本円で50万円が集まった。 
散歩途中、この地に慣れない私によく声をかけてくれて、多分現地の人で、名前を初めて覚えてくれたと記憶してる。パートナーシップのビザを申請する時に、友人から手紙も添えて提出するのだけど、代表で、移民局宛に書いてもらうこともお願いしたこともあったな。
闘病生活を終え、湖畔に戻ってきた彼は以前はガタイが良く大柄だったのに、すっかり痩せ細ってしまっていて、正直気付かないほど別人だった。

星空が満開の夜、彼は逝ってしまった。
この湖畔を「Lake security」と書いてある車で毎日巡回していた彼に因んで、式前に、1時間かけて湖畔をぐるっとまわる、というイベントも。消防団にも入っていたから、消防車の上に棺が取り付けられていて、その車でいつもと同じ道を通るという、”彼仕様‘’になっていた。実は、大きな手術を終たあと、死期が迫っていることを悟り、着々と準備を進めていたんだそう。


式の中では、「tribute」と言って、彼をよく知る人からの彼の人となりやエピソード、感謝の気持ちを話すスピーチを沢山聞くことができた。家族の弔辞に続き、「open tribute」と言って、自由にその場で話したい人が話す場面があるのだけど、次から次に人が絶えず…セレモニーは2時間にも及んだ。故人はきっと今幸せな気持ちなんだろうなぁと、彼を偲んだ。


この国では、哀しみを表すよりも「亡くなった方の人生は美しかった」というCelebrating=賛辞、の意味の方が強い、とご近所さんは説明してくれた。型式張ってなくて、心がこもっていて、寂しさはもちろんあるけれど、温かい気持ちにもなる時間だった。

ちなみに、、、予めご近所さんにルールやマナーなど聞いてみたのだけど、それが驚くほど、自由でラフだった。
実際、女性は黒着用が50パーセントほど、そのほかは花柄、ピンク、ミニスカートなどなど、とにかく自由。男性は普段着そのままの人がほとんどで、デニムやクロックス、スーツの人はほとんど見かけなかった。

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日本でいう香典は無く、お金を包む必要も無し。もし気が向いたら食べ物フィンガーフードを用意してきて、とのことだった。事前に食べ物リストが用意されていて、そこに記入した。こちらで定番のアスパラガスロール、キッシュ、チャイニーズ・ダンプリンとあったので、私は寿司を用意。

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式後に小さなパーティが開かれ、ワインやビールなどお酒も出た。ご近所さんたちが一同に集まり、しんみり哀しみに耽るのではなく、笑顔で見送る。これがきっと彼が望んだ形に沿っているのだろう。
新しいお葬式の形を見た一日だった。