知識の賢者アシュリーサイドストーリー 私の風が明日になる

貴族様達に集められ教養のある者を求められた時、領主の側仕えだった私は手を挙げた。
療養のために来るのが少年だと聞いたから。私には5歳離れた弟がいた。流行病で亡くなってしまった。
それもあっただろう、助けてあげたいという庇護欲が強かった。
それから数日がたち、使っていない領内の屋敷を数名と掃除し、迎える日が来た。
馬車から降り立ったのは、昔領主様の書庫に置いてあった絵のついた珍しい本にあった天使の様な少年だった。
でも、目の中には何も無い、空っぽでハリボテのようなその様に私はショックを受けた。
このままでは、彼は死んでしまう。いや、もう死んでいるのかもしれないとさえ思った。
私は走って彼のそばに行き、安心できるように優しく語りかけた。
「私が、今日からソシア様にお仕え致します、メイドのアシュリーと申します。長旅おつかれでしょうから、お部屋にご案内致します」
彼は頷く事もせずただ着いてきた。気味が悪いほどに。
「ソシア様、紅茶はいかがですか? フレッシュミントを入れたものに致しましょう。心が晴れやかになりますよ!」
「……に……なに……晴れやかってなに……なに……」
壊れたくるみ割り人形のように繰り返す言葉。私には彼がずっと泣いているように見える。そんなの耐えられない。見捨てられない。
次の言葉が出るより先に私はソシアを抱きしめていた。
「一つ、一つ、学んでいきましょう? 心のお勉強です」
サラサラに整った金髪を撫でながら1粒も青い目から流れ落ちない涙を掬って、救いたいと思った。

次の日から私は敬語を辞めた。屋敷中から反感を買ったが、でも少しでも近くにいるためだ。
「ソシア! おはよう!」
そう話しかけても何も帰ってこない。これも予想の範囲内だ。
「ソシア、おはようって言われたらおはようって返すの。分かった?」
「……お……はよ」
「すごい! ありがとう! ソシア! おはよう!」
そうして私はソシアを褒めて頭を撫でる。ソシアの親からは体力の菓子やら何やら。私はその中のチョコレイトを1粒手に取り、
「あーん、して」
「あーん……?」
口を開かせて口に放おり投げ、私も食べる。
「んー! 甘くて美味しー!! ね! ソシアは?」
一つ一つに感想や感じた事、全部ソシアに聞いて尋ねる。
そうしていると、段々とソシアの死んでいた目は、色めき始めて、色々な事に興味を持つようになって行った。

「アシュリーの髪の毛は夕陽の色だね」
「……ありがとう。そんな風に言われたの初めて!」
「綺麗だよ、アシュリー」
純新無垢にそう言うもだから反応に困ってしまう。
「……っ。ふふっありがとう!」
「王都の窓から見える景色はどれも一緒だったのに、ここから見える景色は全部違う。全部教えてもらった」
「だから、僕は震えるほど怒っている」
そう言ったソシアの瞳には炎が燃えていた。
「ねぇ、僕に感情をくれた、アシュリー。アシュリーはこの世界の在り方はあっていると思う?」
私は考えた。ソシアと接するうち、王族とはなんなんなのか、貴族とはなんなんなのか考えるようになった。最初のあのソシアを見て、周りのみんなの生活を見て、私は……。
「正しくない。変えるべきよソシア。もし、あなたにその力があるならだけど」
「そうだよね。僕にはその資格がある。背負う資格さえね。ずっと隠していてごめん、僕は時間操作の魔法使い。時を操ることが出来る。そして此処に送られた理由。一般人に僕の歪みの被害が出てもいいからなんだ。ほっんと、バカにしてる。僕が大好きなこの人たちを傷つけるなんて、無いのにね」
誰もが優しく、強く生きているこの場所で道具としてしか価値のなかった僕にソシアという場所をくれたんだ、とソシア言って、初めて泣いた。
「アシュリー、見届けて欲しい。そして、キミの知識で、ここの人達に正しい生活を身につけて欲しいんだ」
「だから僕は一旦王都に戻るよ。きっと今日なら大丈夫だから」
「……暴走って言っていたけど、大丈夫なの? ソシアはちゃんともどってくるの!?」
お別れみたいな言葉に胸がギュッと苦しくなる。
「大丈夫だよ。僕は天才だからね」
待ってという前にソシアは消えて、その日はこんな辺境の地ですら、揺らぐような大きな音や禍々しい雲が流れていた。
「戻ってくるよね、ソシア……!」

それからソシアが帰ってきたのは10日程だった日だった。
「アシュリー、紅茶淹れて」
ソシアの部屋でぼーっとしていたら横からソシアの声が聞こえた。
言葉にならなくて、嬉しかった、心配した色んな感情が溢れてソシアを抱きしめながら私は泣いた。
いつも宥めるのは私の方なのに、今日はソシアが私を宥める。
「ごめんね。色々忙しくて」
「でも、王族も貴族もないそんな世界にしたから。ねぇ、アシュリー。キミが相応しいと思って誘いに来たんだ。僕はね、魔法省を創る。明日のために。だから、アシュリー、キミも協力して」
私はただ頷くことしか出来なかった。こんな優しい声で囁くソシアに嫌だなんて誰が思おうか。
「ありがとう……」
そう言って、ぎゅっと力を込めて抱き締められる。
胸の奥がきゅうっとした気がした。

それからは私はマルダという、魔法使いと一緒に生活改善を行った。マルダの微笑みは美しくて、まるで聖母だ。
目の見えない彼女を気にかけるソシア。とてもお似合いだ。
そう思うと何故だか胸がギュッとなるのだ。分からない。
目まぐるしい日常の中で私はたくさんの笑顔を見た。たくさんの人々の生きる美しさを見た。

少しずつ復興する中で魔法使いも一般人もない、そんな理想だと思っていた世界を創るために私も頑張りたい。
あの風が明日を創る。
ソシアが明日をずっと見守る。ちょっと頼りなくて不安だけれど、きっと未来でも見つかるはず。
マルダのような聡明な人が、ロウのように厳しく正しい人が。私はちょっと手伝っただけ。知識の賢者だなんて恥ずかしい。
でも、巡ってまた、会えたなら今度はソシアとどんな人生を送ろう。

ヒューっと風が吹き抜けベールが翻る。私の風だったソシアも参列している。
私は今日結婚する。

風は吹き続ける。あなたの風は。
だからきっと大丈夫。ソシア、あなたも幸せになってね。

end

時に選択とはボイスドラマ

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