ソシアサイドストーリー 「空っぽだった僕の箱は」

『知識の賢者アシュリー、時の賢者ソシア、慈愛の賢者マルダ、裁きの賢者ロウ』という旗がかざられている執務室に優しい眠気を誘うような陽だまりが差し込む。ソシアは今智寿留の監視の下、溜まりに溜まった書類に目を通す。が、やはりソシア頭の中はどうやって逃亡するかである。
「智寿留、休憩にしなーい? 僕、ココア飲みたいなぁ」
「うるさいですね。手を動かしやがれ上司殿」
即座に玉砕する。それもそうだ。執務をしだしてまだ10分なのだから、そうなるのは当たり前だ。
ソシアに足りないもの、集中力だ。
「あー。だめだー! 僕はもう集中出来ないからトイレ、いいでしょ? だめ??」
智寿留以外の人間なら効いたであろう、上目遣いで涙目。中性的な容姿に美人ときた。大体の人間なら許してしまう。『大体の人間なら』ね。
「行ってもいいですが、上司殿が用を足している横に立ちますよ」
「智寿留のバカ! 変態!」
「仕事をしないお前が悪い」
ソシアは何か考え込み、そしてため息をついた。何かを諦めたようだ。
「智寿留、仕事を頑張ってゆっくーりするから、僕の昔話に付き合ってよ。大丈夫だよ。かなり逃げたんだもん。今日は仕事するから、ね?」
いたずらっ子のように舌を出して、てへっみたいな顔をする。そんなソシアを見て、負のオーラが滲み出た長いため息の後、智寿留は力なく頷いた。
相当、呆れているようだ。
「興味も欠けらも無いですけど、仕事をするなら聞きますよ」
「ちぇっ。釣れないなー」

そして、ソシアは目を少し伏せながら自分の過去を暇つぶしがてらに話し始めたのだった。

ソシアが産まれた家は中流貴族。良くもなく悪くもなく。普通の公爵家。産まれてくる子どもの魔力量もごくごく一般的なもの。
『中立平和主義頭がお花畑のウォーリア家』という2つ名があったほど。
当主であるアデルは常に人のいい笑みを浮かべ、嫌味も寛大に許していたという。
そんな中、ウォーリア家に一大チャンスが訪れる。アデルに縁談が持ち上がったのだ。同じ中流貴族で、魔力量が多い娘との。
断る理由なく見合いをし、アデルは美しいソニアに一目惚れ。
2人は幸せに結婚。
2年後には子どもを授かることになる。
アデルやソニア以上に屋敷の者達が、魔力量の多い子どもを授かることを期待していた。
「それでね、僕ってば、産まれるのも遅くてね心配されたらしいんだけど、予定日から一ヶ月後に産まれたんだよね〜」
そうソシアは一ヶ月後に産まれた。その一ヶ月間に、母であるソニアは日に日に弱っていく。陣痛が始まった頃には母子ともに危ない状態だった。
「僕はね、産まれ方が特別だったんだよ。母さんのお腹から時間操作で転移したんだ。母さんの腕にね」
その時、当主、母親、屋敷の者達全てが驚愕した。
時間を司る魔法使いは1000年に1度産まれるかどうかも怪しい。
そんな神童が産まれたその瞬間、産声ではなく、囁くような笑い声を上げながら息絶えた母の腕に抱かれていた。
アデルには悪魔を産んだような絶望感や、妻を失った悲しみ以上に、なんの感情でこぼれるのか分からない笑い声が、屋敷中に響き渡った。
「僕はそこでソシアになったって事。ま、僕は貴族達からもその時はまだ居た王族からも、注目され、ウォーリア家ははやし立てられ、一流貴族にのし上がった。僕という存在のおかげでね」
ソシアがバカバカしいという顔をしながらオーバに笑ってみせ。智寿留は少し眉間にシワが寄った。
「その頃の僕はちっちゃい頃から、実験の道具でね、何時間、時間旅行へ行けるのか、どんな未来でも見通せるのかとか色々。僕は空っぽのまま与えられる教養や服、食事をとって。何が楽しいのかこれが何なのかさえ考えれないくらいにずっと魔法を使っていた」
ソシアは様々な現象の予言、現象の確認を繰り返し繰り返し。その日がいつなのか分からなくなるまで繰り返した。
「その影響なのか、10歳をすぎる頃には何年経っても僕の成長は止まったように少年の姿を保つようになった。魔法の暴走の域に入ってしまったんだ」
今の僕の原型を作ったんだよねーと、何も感じていないような顔をする。
「思ったような時間に飛べず、現時間で歪みが生じた現象が起こるようになって、父さんは僕を遠くの領地に追いやった。怖くなったのさ、空っぽのまま何もストッパーのなく姿も変わらない息子にね。それに僕が生きていれば名声は変わらない。お金は常にウォーリア家に入る」
『中立平和主義頭がお花畑のウォーリア家』はもうそこにはいない。あるのは金の猛者となり変わり果てたアデルだけ。
「僕は何もしなくても、お金を生み出す兵器なのさ」
「戦争にでも使われたんですか」
「あー。どうだろ。あんまり覚えてないんだよね」
ははっと少し嘲笑うように笑う。ソシアのこの時期は多忙で自由などない、ただただ最高の道具だった。代わる代わる見る時の流れを、あの頃のソシアが記憶するなんて出来なかったのだ。
「それで、僕は一般人が近くにいるような郊外の領地に飛ばされたんだ。被害に合うのが一般人ならいいって考えで、使用人も一般人だった。もちろん魔法使いということだけ伝え、僕の詳細は明かされなかった。療養という名目で」
伏し目がちに下を見るソシアは決して自分を哀れんでそう言ったのではなく、あの時の事実だけをただ、面白くもなく語っていく。
一方、一般人でもある智寿留の眉間のしわは一層険しくなった。ソシアへの若干の哀れみと、一般人への不当な扱いに。
「あの頃は今よりもっと一般人の扱いは酷かった。教養だってほんの一部の人間にしか許されないし、食事だってとても質素。何日も着古して洗ってもいない不衛生な服。差別化の酷い中でよく耐えて暮らしていた人々ばかりだった」
「彼らにとっての魔法使いは、神様だった」
僕らは何もしないのにねと笑うソシアの目は全く笑ってはいなかった。
「そんな中新しい生活がスタートした。最初は何も感じていなかった僕も、彼らの働きにはとても感心した。空っぽの僕のそばで働けるのが嬉しいんだって言ってた。屋敷の者より笑顔に嘘がなくて、僕はやっと感情って言うものが分かってきたんだ」
「その中でも特に、僕に心を教えてくれた人がいた。アシュリーという僕専属のメイド。もちろん彼女も一般人。でもみんなより砕けた対応をしてくれたんだ。色んなことを友達みたいに教えてくれた」
アシュリーはね髪の毛が綺麗な夕陽色だったんだよと、まるで年頃の少年のように愛おしそうにソシアは言った。
「僕は知ったんだ。一般人の皆が酷い扱いの中、魔法使いに文句も言わず強く生きている事を。それを知りながら、何も思わない王族連中と貴族には失望したね。もちろん今まで何の疑問も無く僕を利用していたウォーリア家にも。僕は、初めて怒ったんだ」
智寿留は何か考え込んだ後、ハッとしてソシアに質問をした。
「アシュリーというのは、知識の賢者アシュリーの事ですか?」
「うん、そうさ。皆は知らないけどアシュリーだけは魔法使いじゃなかった。今の君の智寿留の様な志しを持っていたんだ」
それでね、と話を戻していくソシアは先程までとは違い少し嬉しそうに、そして寂しそうに語っていく。
「だからね、王族が滅ぶ未来を選んで無くしたんだよ僕は。王族も貴族も。力の暴走を上手く利用してね。あれは実に楽しかったよ。何もしなくても信じ合わない金だけが繋ぎ目の王族も貴族も裏切りあって自滅していった」
実に愉快そうにソシアは話していく。
「楽しそうに言ってますけど、1人では無理では?」
「だからね、アシュリー達、一般人の皆や魔法使いの中でもこの世界に疑問を持つものを選定して協力したんだ。ほらあそこの旗にあるだろう? 四賢者が。彼らがそうさ。実際にはもっと多くの協力があったけどね」
一つヒビが入れば簡単に崩れる砂の城。疑心暗鬼を繰り返し、沢山の善意ある人間の行動で王族、貴族社会は瞬く間に消滅したのだ。
現時間も未来時間も暴走した力の一部を使って。
その頃にはもう力のコントロールは出来ていてわざとソシアは力を暴走させた。
自分の成長がゆっくりになるだけなのを分かっていた。時に囚われるだけだということを。
「そして僕らは、魔法使いが本当の意味で一般人を守る組織を創った。それが今の魔法省って訳。最初はね上手くいっていたんだけど、差別の意識は簡単には無くならなかった。それは今も。でも、昔よりマシになったんだ」
それでも酷いやつらはいっぱいるよね。ごめんねと智寿留に謝って、ソシアは話し続ける。
「アシュリーが僕に知識や感情を教えてくれなかったら、僕はずっと空っぽのままだった。今思えば、僕はアシュリーが好きだったのかもしれないね。最期まで気付けなかったけれど。僕の初恋だったのかな。なーんてね!」
ちょっと照れ臭そうに笑うと、誤魔化すように書類に目を通していく。
飄々として掴みどころのないまるで風のようなソシアの人間臭い行動にどこかおかしくなって、気付かれないように智寿留は口角を少しあげた。

「あー。終わったー!」
そう言って机に突っ伏したソシアを見れば本当に書類が片付いている。いつもこれぐらい出来ればなと思いながら、智寿留は部屋を出ていこうとすると不思議そうにソシアは智寿留に話しかける。
「どこいくの?」
「ココアが、飲みたいんでしょう? 下の者に頼むだけですよ」
遠回しに褒めてくれる智寿留の不器用さにふふっと笑いながら、空っぽだった箱はきらきらと色めいて行った。

end

時に選択とはボイスドラマ

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