コミュニケーションを意識した文章は届く。


見慣れた駅の案内表示も使い慣れたリモコンも、使い勝手の良さが自然に存在しています。立ち止まって(どっちに行くんだろう)(どのボタンだったっけ)悩まなくても手足や身体で覚えてる感じ。すいすいわかる表示や使えるリモコンを私たちは無意識に使いこなしています。

ユニバーサルデザイン。案内板の高さや色、矢印の太さ。リモコンのボタンの大きさや形状、位置や色。好き勝手に作るんじゃなく、使う人がストレスに感じないようにわかりやすく作られています。

わかりやすいのが普通なので、ふだん意識されない存在。わかりにくいと初めて勝手の悪さが意識されてしまう。コミュニケーションも、まったく同じなんです。

どんなに良いことが書いてあっても、上から目線に感じる文体は取っつきにくいし、どんなに正しいことが書いてあっても、長文や頻回更新だと読む気が失せてしまう。

そういった文章がすべて悪いと言っているわけではなくて。表現ですから自分の好きにすればいい。

でももし「言いっぱなし」や「書きっぱなし」ではなく「コミュニケーション」と考えるなら。相手に伝えたい、ふに落ちてほしいと願うなら。相手の心にすとんと届く「通じる文章」が良いかもしれません。

文体、文章の長さ、更新頻度...コミュニケーションデザインは「相手にとって」正しく好ましいとき、自然に心に通じます。そうでない場合、内容は届かないでしょう。「この人は何か伝えたい気持ちでいっぱいらしい」が伝わるだけ。

これって文章に限らず、写真も演技もみんなおんなじですね。

豪速球や変化球は、試合を見ている人にとっては楽しいかもしれません。でもキャッチャーは?受け取るには少しコツが要りそう。

無くても通じるなら削る。そぎ落とすとシンプルになる。「無くても通じるけどあってもいいでしょ」ここが一つの分かれ道かな。

刺さらなくてもいいから届いてほしい...そんな感じで球を投げています。

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ありがとうございます♥️
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消費されない記憶の記録。キレイよりウツクシイ、ウマイよりイイカンジ♪
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