伝えかたと伝え過多。

noteで太字や見出しを使わない理由。感じ取ってほしいから。伝えたいと言いたいを混同しない。

文章って自分の考え方や思いを書くじゃないですか。自分以外の人に公開して、同意や共感が得られたらうれしい。ここに文章を書いたり写真を載せて公開することは、発信と受け手の交流という目的があると思います。

ならば当然、わかりやすく、論理的に書くことが望ましい。

見出しを立てたり大切な箇所は太字にしたり。そうすれば読む前にアウトラインを掴むことができて理解も深まるでしょう。

でも......「わかる」イコール「伝わる」でしょうか。

僕は、受け手が自分で感じて受けとめる...体感することで伝わると考えています。

早口のセールスマンのように一方的に話されたら、どんなに正しい内容を論理的に説明されても立て板に水。耳に入らないでしょう。

いっぽう「話の続きはどうなるの!?」知りたいと思えば多少の悪路でも喜んで先に進むでしょう。

見出しを立てて理路整然と論理展開。太字で強調しながら語り続ける。会話なら相手の顔を見ながら進めることができますが、文章は一方的になりがち。経験上、読み手をおいてけぼりにして、アツい演説ぶっちゃいがち。


(すごく熱意を持って言いたい伝えたいことがあるんだなあ)

長くて黒い画面を見た瞬間そう感じます。太字の単語がいくつか目に入ってきますが、伝えたい思いばかりが伝わってきて、とても読む元気がありません。(こういうのは興味ある人が読めばいいんだろうな...)そっと閉じ。

伝えたいことは感じてもらう。
伝えたいと言いたいを混同しない。

ここnoteでそんな勉強させていただいてます。


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消費されない記憶の記録。キレイよりウツクシイ、ウマイよりイイカンジ♪
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