険しく楽しい道。

悩んでたけど気付いた。気が付けばしめたもの、早晩解決しそうに思えてきた。

ある面で欠点が見つかっても、それが特技になることがある。欠点と思えばいつまでも欠点。それが特技になれば、欠点とは言えなくなる。

たとえば目が不自由な方が、普通なら聞き逃してしまうようなわずかな音も聞き分けるように。そこに注目すれば長所と言ったっていい。

欠点と気付いた時点で、どうにかそれを修復しよう、せめて人並みにできないか、そればかり考えてしまうと息が詰まりそうになる。大きな修復できない問題と気付いたとき、とても落ちこむ。がっかりする。

けれど修復や改良するほかに、活かすという手もある。ここに気付いた時点で大きなヒントを得たのと同じ。

次からやるのだって、わかって「そうやる」のと、わからず「そうなる」ではずいぶん差がある。「そうなっている」ことに気付かない人だって多いのに。それを思うと、気付けたぶんだけこちらが早くて有利。


師匠に習う芸事のように、一直線にうまくなるわけじゃなく、いろんな絵描きがいるみたいに、いろんな表現者がいていい。

その中で「こっち方面をめざす」と決めて進むのも良いけれど、長所や短所によって進んで行く先を見て「じゃあこっちをめざしてみるか」というのは、まことに気楽でいい。

「そうするしかなかった」も「そうしたいと思った」も同じ道程なら、たとえ険しい道のりでも、楽しく進めばいいんじゃないかな。


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ありがとうございます🌸
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消費されない記憶の記録。キレイよりウツクシイ、ウマイよりイイカンジ♪
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