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波が引くように静かに去っていったたくさんの思い出のひとつとして

 いまとなっては、遠い遠い昔の話だが、一週間に数回、渋谷に行っていた。1990年代のことである。レコード屋で、テクノの12インチレコードを買うために。当時、とにかく、テクノ(あるいはUKハードハウス)のレコードを買っていた。激しい恋に落ちたように夢中だった。渋谷のセンター街を歩くと、通り過ぎる人は、みんなレコードの袋をさげている。レコードがおしゃれアイテムとして機能している。そんな時代でもあった。
 テクニーク、ディスクユニオン、シスコテクノ店が中心で、ときたまDMRやマンハッタンレコードにも行っていた。リバプールなんて店もあって、寄ったりした。
 その中で、ZESTにも寄った。ここは、テクノではなく、インディーロックの輸入レコード屋だった。ビルの中にあった。しゃれた造りのお店で、おしゃれなレコードジャケットが並んでいた。ただの黒い(あるいは白い)ジャケットに収まっただけの何の装飾もない、テクノの12インチのレコードとは、えらい違いである。ただし、私は、その音を聴く以外に余計な要素がない、後者のほうが好きだったのだ。
 音だけを聴いてくれ。テクノのレコードはそう私に語りかけているような気がした。
 わかった、音だけを聴く。音がかっこよければ〇。そうじゃなかったら、×。それだけだ、と私は答える。
 おう。OK。それで、買うか買わないか、決めてくれ。
 実際には(当時は視聴ができなかったので)店員が書いたポップを参考にして買っているわけだったが💦
 そのZESTの店先で、ミニコミ誌がいくつか置いてあった。その中のひとつに視線がとまった。B4用紙2枚を半分に折って、8ページにして、印刷してある体裁だった。発行元は渋谷。個人の住所が記してあるような感じだったので、おそらく個人で作っていたのだろう。
 渋谷界隈のカフェの紹介記事が載っていた。きれいなイラストがついていた。
 当時、私も友だちとコピー刷りのテクノのミニコミ誌を作っていたので、その住所に送った。返事はこなかった。

 その後、ZESTの店頭で、あのミニコミ紙を見かけたことはない。事情はわからない。たまにネットで、ZESTの記事を読むと、ふとあのミニコミ誌のことを思い出す。
 1990年代が終了するとともに、波が引くように静かに去っていったたくさんの思い出のひとつとして。

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