見出し画像

『16bitセンセーション』の時代【フリーテーマ】

【この文章は2020年9月のフリーテーマとして執筆していたものですが、〆切に間に合わなくて10月の掲載になってしまったので、無料で最後まで読むことができます

 9月はTGSの話題とか次世代ハードの話題とか、いろんなネタが本当に豊富で。何を書こうかと迷っているあいだに、重めの原稿が渋滞してしまって、気がついたら月末になっちゃってたんですが(単なる言い訳)。でもやっぱりオレとしては、今回はこのコミックを話題にせざるを得ない義務感に駆られています。

画像1

 『神のみぞ知るセカイ』でおなじみの若木民喜先生が、じつは美少女ゲーム(と『DOA』)に造詣が深いというのは、一部のファンの間では有名な話。そんな若木先生が、美少女ゲーム業界の草創期からの変遷を、架空のソフトハウスを舞台にした物語として描いたというのですから、そりゃ読まなきゃいられないでしょ! 

 2020年9月14日に発売された『16bitセンセーション』第1巻は、もともと若木先生のサークルで同人誌として頒布されていたそうですが、オレは即売会にも同人ショップにもすっかり足が遠のいていたので、今回の商業版が刊行されるまでは恥ずかしながら知りませんでした。

 この商業版は、さまざまなPCゲームやメーカーが実名で登場する同人版の内容を、可能な限りそのまま掲載できるよう、関係各位に許可を取ったそうで。そのあたりのこだわりはさすが、『GREEN 〜秋空のスクリーン〜』のふざけた偽名に激怒していた若木先生らしいですね!(あれ? 激怒してたのは違う人だっけ?)

 しかも本作に原案として参加しているのは、『こみっくパーティー』『ToHeart2』など、美少女ゲーム業界のレジェンドであるみつみ美里さん&雨露樹さん! 美少女ゲームに詳しい人なら、物語の舞台になっているソフトハウスのブランド名が「アルコールソフト」となっているのを見て、きっといろんな感慨があることでしょう。この顔ぶれを見ただけでも、本書の内容が鉄板なのは分かってもらえるはずです

1992年のPCゲーム業界を、自分の記憶で思い出すと…

 本作がなによりスゴイのは、物語が1992年から始まっている点で。コミックの中でも語られているように、この年はソフ倫が設立されて「エロゲー業界」という概念が誕生した重要な年なのですが。じつは1992年はもうひとつ、当時の角川書店の内部でいろいろあって、「電撃」ブランドを掲げるメディアワークスが誕生した年でもあるのです(そんなメディアワークスも、今では電撃ブランドしか残ってませんが……)。

 1992年当時、『コンプティーク』のライターとして仕事を始めたばかりのオレも、この事件に思いっきり影響を受けて、翌1993年の1月に創刊された『電撃王』で原稿を執筆することになるのですが。ここで突然、自分語りを始めたのは、『16bitセンセーション』の内容にも多少なりとも関係のある話なので、少々ガマンしてご静聴ください。

 1990年代初頭のパソコンゲーム雑誌には、「ソフトハウスマラソン」と呼ばれる企画があって。要するに、年末にいろんなソフトハウスへ挨拶回りに行くついでに、来年の活動予定を聞いてくるという企画なのですが、なにしろ北海道から九州まで数十社あるソフトハウスを編集部全員で手分けして回るため、当時のオレみたいな新人のライターまで取材に駆り出されていたのです。

 1992年の末に、オレは編集さんにくっついて、関西で美少女ゲーム(だけでなく一般PCゲームもあったかな?)を作っていたソフトハウスさん数社を回ったのですが、それがまさに、『16bitセンセーション』に出てくる「アルコールソフト」そっくりの雰囲気が漂っていたんですよ! 

 『16bitセンセーション』にもチラリと書かれていますが、1980年代後半から1990年代初頭にかけてはまだ、「パソコンソフトレンタル」というビジネスが存在していたのですが(秋葉原で有名な某店が、昔はレンタルソフトショップだったのを覚えているIT老人はもう少ないでしょう)、ちょうど1992年前後にはソフトメーカーや流通会社(このPCソフト流通会社から巨大企業へと成り上がったのが、ソフトバンクです)の強い働きかけもあり、レンタルソフトショップがどんどん淘汰されていきました。

 レンタルというシステム上、常連が集まりやすい構造になっていたため、レンタルソフトショップの中には自分たちでPCゲーム、なかでも特に作りやすかった美少女ゲームのメーカーへと移行するところもあったのです。上で書いたように、オレが取材で訪れた関西のソフトハウスも、会社の壁などにかつてレンタルソフトショップだった頃の名残があって、「なるほど」と思った記憶があります。

 『16bitセンセーション』に出てくるアルコールソフトも、1階が学生街のPCショップで、2階が民家を改造したソフトハウスになっているという描写だけで、あの当時の空気を知っている人間としては、上に書いたような設立の経緯が、なんとなく読み取れるわけですよ。いやホント、本作のディテールはこういうところが素晴らしい! なんていうか、歴史考証のしっかりした大河ドラマを見ているような気分です。

【お知らせ】ゲームライターマガジンの過去記事がまとめて読める、お得な「単行本版」が発売中!

番組の途中ですが、お知らせです。2020年1月~6月のゲームライターマガジンで掲載した過去記事、全90本がセットになった「単行本版」が好評発売中です! お値段は480円ですので、プロのライター陣がゲームについてアレコレ語る過去記事を読んでみたいという方は、この機会にぜひどうぞ。

美少女ゲーム業界は、実際に女性の原画家が活躍していた

 さて、『16bitセンセーション』の第1巻には、物語の主人公である上原メイ子ちゃんに加えて、やり手のグラフィッカーとして活躍している下田かおりさんという女性キャラが登場します。このあたりはコミック特有の女性キャラを増やすためのデフォルメだと思うかもしれませんが、じつは美少女ゲーム業界は現実に、一般ゲームの会社以上に女性が活躍している業界でもあったのです。

 なにしろ美少女ゲーム業界は、かわいい女性キャラを描ける絵師さんがいちばん重要でしたから、少女漫画っぽいタッチの上手い女性絵師さんが、幾人も活躍していました。その中から自分でシナリオも手がけたり、さらには社長として会社自体を切り盛りするようになった方もいます。ここでいちいち名前を挙げたりはしませんが、美少女ゲームファンの人なら、原画家兼社長の女性絵師さんと言えば、何人か思い浮かぶことでしょう。

 ネタバレになるので詳しくは語りませんが、『16bitセンセーション』の第1巻もそのあたりの展開を上手く取りこんでいて、さすがだなぁと思いました。もちろん本作の下田かおりさんは、そのキャリアも含めて(完全にそのままではないにせよ)、原案のみつみ美里さんをある程度イメージしているのでしょうけど……。

フィクションだからこそ描ける「あの頃」の空気感

 先にも語ったように、『16bitセンセーション』はそのディテールの細かさと的確さから、ある種の歴史書のような見方もできます。そういう意味では、美少女ゲーム業界における『まんが道』のような存在になり得るコミックだと言えるでしょう。

 一方で、本作のメインストーリーは、あくまで架空(モデルはまぁ……だいたい予想がつきますが)のソフトハウスを舞台にした物語です。でもオレは、それこそが本作の最大の長所だと思うのです。

 メインストーリーをあえてフィクションにすることによって、あの頃の美少女ゲーム業界に漂っていた空気感だとか、その後につながっていくマインドといったものが、キャラクターを通して読み手のハートに直に伝わってくるんですよね。フィクションだからこそ描ける「真実」という言い方をしてしまうと、ちょっと面映ゆいですけど……。

 だからこそ、オレのように「あの頃」を直に知っている人間だけでなく、京アニのアニメで初めてKeyを知った人たち、『FGO』でTYPE-MOONを知った人たちに、ぜひ読んでもらえたらと思うのです。本作の物語を通じて、あの頃の空気をダイレクトに体感してもらえると思うので。


 第1巻は『同級生』『同級生2』の登場という、今につながる美少女ゲームの勃興が描かれました。そして第2巻はいよいよ「萌え」の時代に突入していくわけで、いったいどんなふうに描かれているのか、今からすごく楽しみです。

 そして個人的には、ゲームにあんまり興味なさそうな店長が、今後どのような人生を歩むのか、とても気になります。ひょっとしてこの人は、とんでもないジャンルへとつながっていくのでは……?


ここから先は

0字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?