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文章が上手くなりたい方、アットホームな雰囲気で先輩がきちんとフォローします!初心者歓迎![ライター募集]


「なぜ応募を?」

シュッとしたイケメンスーツを着こなした20代後半くらいの面接担当者が履歴書から目を上げ、革張りのソファに座り直した。悪意の無い素直で率直な質問、ガチの「?」が痛過ぎて私はいたたまれなくなり、間違えましたと叫び立ち上がりそうなのをぐっと堪え、、これは詐欺じゃないの?誇大広告も甚だしい。初心者歓迎って書いてあったのに。これは逆ギレだろうか。
シャンデリア、大理石、暗めの赤い絨毯、金色のパーツ、高級皮張りソファ、黒スーツのお兄さん。マンションとは思えない六本木のマンションフロア(会社がこのマンションの一室)を呪った。
エレベーターから降りた瞬間上がったテンションを返してよ。
「すみません…」
うっかり謝る自分が情けない。しかもちょっと涙目だし。なんで涙目。
黒スーツのお兄さん、いや、面接担当者が、ちょっと慌て気味にいやいやいや全然いいんですよ、と言った。

小さい頃、書くことが好きで先生に褒められたりもしたけどそんな子は他にもたくさんいたし、なんならみんな上手だった。ついでに言うと私の名前はおばあちゃんが好きな小説家からいただいたらしい。なにそれ。だれそれ。知らないしその小説家。そんな微妙な呪縛に縛られることもなくすくすく育って入れるレベルの大学を出て、3年働いて結婚して絵に描いたようなパート主婦の現在。毎朝慌ただしく旦那と中1の息子を送り出し、昼間4時間週3シフトでデパ地下の惣菜を売り、週2はちょっとした習い事。公務員の旦那は真面目で帰宅も早く、家事もしてくれる。中央区のUR賃貸高層階に住み、家庭内に波風もなく特に不満もないし、幸せなんだろうな。でも麻痺してしまった。幸せなんだろうか。ふと思ってしまった。
そんな時に偶然見つけたアルバイト募集。気分を変えてみようかとなんとなくカフェバイトの検索をしていたら何故かこの会社がヒットした。
迷いのある人間が網にに引っかかりやすいのがよくわかる。不意に現れた募集で幼い頃なんとなく憧れていたことを思い出してしまったものだから、これは運命。くらいの勢いでビビビときてしまった。でも何をするにも憧れ倒れの私がそんなにサクッと応募できるわけもなくうだうだ二週間悩み抜いて、清水の舞台の古き良き日本人の例えさながら応募締切りの当日、

ポチ

思い切って飛び降りた。いや、応募したのよ、そこのハテナ顔のきみ。
後悔するならやってみるべきだよ、と後悔している人に言ったらどうなるんだろう。試した人いるかな?たぶん盛大にキレられるよね。なんてくだらない一人ノリツッコミみたいなぐるぐるが始まるし、もう。やっぱり帰ろうかな…でも、立てない。

お互いなんとなく気を遣う妙な空気の中、担当者がケータイ屋のお兄さん風に丁寧に回りくどくバイト内容を説明をしてくれた結果、要するに経験者、いわゆるプロを募集していたとのこと。
だから、じゃあそう書いてよ…と言う勇気はないけど、次の犠牲者を出さないためにもそう書いてあげて、お願い。
だけど、どの業界にも暗黙の了解は存在するもので、もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら…そういうことなのかしら。初心者と言ってもプロである事が前提、とか。だって知らないもの、そんなこと…
逆ギレて少し収まっていた恥ずかしさが急にまた顔を出す。
私がぐるぐるしていることを知ってか知らずか私がうまく相づちを打ちすぎたのか、話はすっかり逸れ、面接ではなく「ライター」という職業の説明になっていた。担当者はもう何も気にしていない風だ。ドシロウトを門前払いしないあたり、かなり面倒見の良い人みたいだけど、
けどね、私は一刻も早くここを去りたいのよ…

ライターとは主に会社ホームページでの記事の依頼を代筆する人。ほとんどがフリーで、作家が気分転換の為や勉強の為ににやることもある。今回のアルバイト応募の課題は「企業設立」企業設立について1500~2000文字でまとめる。一文字0.5円。

課題選考なんて今知ったし、作家の気分転換て…本当に初心者の意味が違ったらしい。企業設立を説明する?縁もゆかりもない会社の説明…やっぱりプロってすごいな。そういえば大学時代に教授の気分で前振りなく哲学の論文を書かされた時、Cマイナスだったな…やっぱり私なんかには
「まあ、書いてみればいいじゃないですか」「え?」
「企業設立について」
「……(は?)」
「やってみないとわからないですよ」
何故応募を?と言った担当者は真面目な顔で言っていた。私が出来ないと言わず黙っていたのがやる気に映ったのかもしれない。
「……」
渡された資料に目を落とす。
「…じゃあ…」
「……」
「……書いてみます」
じゃあってなに!自分でも意味がわからない。やってみなくてもわかるし。え、催眠術でも使いました?
担当者は、何かのきっかけになるかもしれませんし年齢は関係ありませんから、とも言った。年齢、関係ないんだ。一介の主婦にはもう分からないその感覚。

なにかのきっかけ

さすがベンチャーの聖地・六本木のお兄さん。そうやってきっかけをつかみながら次へ次へと生きているんですね。このポジティブは見習うべき風習かもしれない、などと丸め込まれる平凡。でも少なくとも週3で惣菜を量ってきっかけは生まれないのは確かな気がする。そもそもきっかけなんて近年考えたこともなかった。


「だって文章書くのがお好きなんですよね?」


え?

私そんな事言ったかな?

あ、、、

バイト募集のコピーだ。

目を合わせたまま頷いていた。


お題
企業設立。1500~2000文字。期限は5日後


ひとしきりお辞儀の応酬の後、丁寧にエレベーター前までお見送りをしていただき、お題と共にピカピカのマンションフロアを後にした。
だいぶ年下に諭されたけど嘘でもからかいでもなかったと思う。もしかしたらそう思いたいだけだとしても、スッと何かが入ってきて泣きたい気持ちを消してくれていた。
西日の差してきた六本木の空を見上げると、いつもは素敵に見える電波塔、 東京タワーがオッサンの貫禄でどうよと見下ろしてくるので、逆にどうなのよこれ。と見上げ返してみる。
若干疲れを感じつつも気持ちはちょっと軽い。
これがとりあえず踏み出した清々しさか、平凡不安の呪縛からの解放感か、ただの面接の緊張のほぐれかわからないけれど
「…そっか」
なにかのきっかけか。
だいぶあやふやだけど悪くない。

ちょっと風が冷たくなっていた。ショルダーをぐっと肩にかけて、トレンチの前を開けたままポケットに手を入れた。中途半端な時間にもかかわらず老若男女入り乱れているアマンドの交差点前の雑踏。すれ違ったホストの視線を感じ、ちらと目線を合わせて地下鉄への階段を降りていく。

久しぶりに履いたヒールの音がテンポ良くいい感じに響いた。







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