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どのキャラの視点で見るかで、映画「ゴッズ・オウン・カントリー」の印象が大きく変わるというお話。

イギリス北部ヨークシャー地方の農場を舞台に、その農場の跡取り息子・ジョニーと短期雇いでやってきたルーマニア移民の男・ゲオルゲのラブストーリーを描いた映画「ゴッズ・オウン・カントリー」。

前髪系のイケメンたちのBLテイストな物語には(いわゆるイケメンがタイプではないため)ピクとも食指が動かないのですが、ガテン系のムサい野郎たちの恋物語となれば、これは期待しないわけにはまいりません。

2017年夏に、イギリスで公開されるニュースを知って以来、なかなか日本でも公開が決まらないまま残念に思っていたら、翌年2018年7月の「レインボーリール東京〜東京国際レズビアン&ゲイ映画祭」のオープニング作品としてラインナップ。もちろんこの機会を逃してはならじと、映画祭会場の青山のスパイラルホールに駆けつけました。

会場でばったり会った映画関係の仕事をしている友人に聞いたところ、各国の映画祭で評判が高いために配給権が高くなっていて日本の配給会社がどこも手を出せず、日本公開の予定はないとのこと。

「それは残念だなぁ」と思いつつ、初めて見た「ゴッズ・オウン・カントリー」は、なんとも切なく、可愛く、そしてエロいゲイ映画で、大感動したのでした。

映画を見た夜に書いた感想ツイートは、こんな感じです。

「のむコレ」で限定上映が決定!

「何回も見直したい」というよりもむしろ「主演のカップル、ジョニー&ゲオルゲともっと長く時間を過ごしたい」なんて気持ちが日に日に強くなり、「劇場公開が無理ならせめてNetflixで配信でもしてくれないだろうか」と願っていたところに吉報が届きました。

11月〜12月にかけて、シネマート新宿で開催される特集上映「のむコレ」に「ゴッズ・オウン・カントリー」がラインナップされ、4回のみ(シネマート心斎橋でも1回上映)の限定上映されるという情報をツイッターで入手。初回のチケットを入手して、二度目の鑑賞をしました。

※「のむコレ」で5回の上映が全てソールドアウトとなった事が話題になり、配給会社が権利を入手して2019年2月より劇場公開される事になった。


野郎系ゲイの「青い体験」なのか?

二回目は、すでにストーリーの流れは把握しているので、より細部を注目しながら見ることに。

上映されたシネマート新宿の「スクリーン1」は音響がよく、冒頭からヨークシャー地方の高台を吹きすさぶ「風」の音が効果的に使われているな、とか、物語が結構進んだところで初めてうっすらと音楽が流れるんだ、とか。初めて見たときは物語とゲオルゲの可愛さばかりに気を取られて気づいていなかった面が見えてきました。

中でも、一番感じたのは
「この映画って、いわば野郎系ゲイ版青い体験(年上女性が童貞男子に性の手ほどきをする傑作映画)だよね」
ということです。

飼育した肉牛を売りに行く市場で会う気弱そうな青年の口を使って一方的に性欲処理、その青年から再び「また会わないか、僕たち気が合いそう」と声かけられるや「こいつ何言ってんの?」という表情で素気無く拒絶する場面が描かれます。ジョニーは肉体的には非童貞だけれど、ゲイである自分を受け入れきれていなくて男に恋愛感情を抱くという経験もない精神的な「恋愛童貞」だと思われます。そんな精神童貞ジョニー君に、ゲオルゲは一方的な性欲処理ではなくお互いに気持ちよくなるセックスを体に覚えこませて、男に対する恋愛感情が生まれるまで意識改革をさせるわけです。

同じ映画なのに一回目と二回目ではちょっと異なる感じ方をしたわけで、そうなると、どうしてももう一度見たくなってしまい、シネマート新宿の二回目上映のチケットをオンライン予約で入手。

都合3回目となる鑑賞は、物語を追うのでもなく、細かい部分を見るのでもなく、それぞれのキャラクターの気持ちを考えながら見ることにしました。

すると、一つの物語も、キャラクターによって見える景色が大きく変わってくることに気づきました。

※ここから先は、かなりのネタバレになります。ネタバレNGな人は、映画をご覧になった後で読み進めてください。

ジョニー君から見た景色


まずは、主人公のジョニー君の目で見た景色。

思春期を拗らせたまま成人したようなジョニー君は、基本の態度が常に不機嫌、父ちゃんとも祖母ちゃんともまともな会話もなく、扱いづらい面倒臭そうな若者としか思えません。しかし、ジョニー君にしてみれば「明るい未来」が全く見えないどん詰まりの状況を前に立ちすくんでいる状態なわけです。

母ちゃんは子供の頃に出て行ったきり、父ちゃんは脳に持病があるのか体が不自由でいつも苛立っている、そして祖母ちゃんは何かと口うるさい。この先、体が不自由な父ちゃんが先に亡くなり、祖母ちゃんは介護が必要になるかもしれない。男にしか性欲が湧かないジョニー君には結婚して家族を作るという選択肢も考えられない。

扱いづらそうでも根は素直で良い子のジョニー君は、父ちゃんと祖母ちゃんを見捨てて都会に出て行くこともできず、かといって地元には友達もいなさそうで、ただただ孤独なだけの毎日。自分の置かれている境遇に対する(どこにぶつけていいのか分からない)不満が大きすぎて、家業の農場の仕事にも熱が入っているとはいえない。楽しみといえば、行きずりの男をはけ口として性欲処理するか、パブで泥酔して二日酔いを繰り返すというだけの毎日。

現状も最低だけど、この先はさらに最低の将来しか想像できない。そんな閉塞感に押しつぶされかけているジョニー君にとって、いきなり現れたゲオルゲは光射す未来への扉だと感じたに違いありません。

最初は、自分の縄張りへの闖入者としてゲオルゲを認識して敵意をむき出しにして「ジプシー」と侮蔑していたジョニー君。しかし、年上で農場仕事の経験も豊富、明らかに自分より優れているゲオルゲに対し感じ方が変わってくるのは、その表情からも伝わってきます。


山の小屋で二人きりの泊まり込み作業をする時に、相変わらず「ジプシー」と呼んだことに怒ったゲオルゲに力づくで押し倒され、キス寸前くらいの至近距離で叱責されたことをきっかけに、ジョニー君の態度が変わっていきます。

ジョニー君にとって、相手の顔との(というか口と口との)距離はすごく重要みたいで、そこは他人に侵入されたくない防衛線のようです。だから性処理に使っている相手がキスをせがんでも、断固拒否してしまいます。

ところがゲオルゲは、その防衛線を軽々と越えてきました。そして、年上で自分より強い男に、力づく押さえ込まれて怒鳴られたことで、完全にジョニー君の気持ちは変化します。反抗心は消え去り、大人の男に対する尊敬と思慕の念が湧いてくるのです。ジョニー君がそれまで性処理に使っていたのは、自分よりもひ弱そうで都会的な男たち。ところがゲオルゲは全く男らしさの塊。ジョニー君の中で、性欲処理とは異なる性的欲望が生まれてきました。

不器用なジョニー君は、深夜の山の小屋で尿意を催して目を覚ましたゲオルゲが表で小便をしているところに自分の股間を弄りながら近づいていき、ゲオルゲの竿をむんずと掴もうとします。視線や言葉でのアプローチなんてことをしたことがないジョニー君は、あまりにも直裁的な誘い方しか知らなかったのです。

ところが、ここでもゲオルゲに力づくで拒絶されもみ合っているうちに、ジョニー君は自らゲオルゲの股間に顔を寄せ不器用なフェラをするのです! 今まで男の口を使って性処理するばかりだったのに、自分から望んで相手のものを口にするなんて! ジョニー君の中で、何かが大きく変わった瞬間です。

一旦タガが外れて仕舞えば、あとは一直線に突き進むのみで。ゲオルゲをどんどん好きになっていくジョニー君。初めて知った恋の味はあまりに甘くて、イチャイチャしたい気持ちを抑えることなどできません。そして、つまらなかった牧場の仕事だって、2人で取り組めばその面白さが見えてきます。


大好きなゲオルゲと離れたくない一心から、パブで酒の力を借りて「ずっと一緒にいてほしい」という告白をするジョニー君。ところが不器用な性格できちんと告白できなかった上に、男同士でパートナーになることに対する覚悟の甘さをゲオルゲにズバリと指摘され、いきなり不機嫌モードに突入。

その後にジョニーがやらかしたコトを理由にゲオルゲは去っていきます。しかし、ジョニー君はゲオルゲに会う前の彼とは明らかに変わっていました。仕事とも、家族とも正面から向き合った上で、きちんと責任を果たす大人の男の面を見せつけます。その上で父ちゃんに「ゲオルゲがいないと牧場を続けていくことはできないから、迎えに行ってくる」とカミングアウト。祖母ちゃんも気持ちを理解してくれて応援モードに。ジョニー君はゲオルゲに会いにいきます。

ゲオルゲから見た景色

ゲオルゲという人物を理解するためにもっとも重要なのは、ルーマニアからの移民であるということです。日本に住んでいると今一つピンとこないところがあって、初見の時にはその重要さに気づいていませんでした。

しかし、口数の少ないゲオルゲがポツリポツリと話す言葉から察するに、彼を取り巻く状況は相当に過酷なようです。

・ルーマニアの実家は農場であった(そこで牧畜の知識・技術を身につけたと思われる)。
・ゲイであるゲオルゲは、彼氏を家の農場に引き入れたが、それがトラブルとなり、彼は家を追い出され帰る場所を失った。
・移民としてイギリスに来たゲオルゲは、期間労働者として農場の仕事を探して渡り歩いている。

戻る場所がない移民暮らし、これがどんなに大変なのか想像するのはなかなか困難ですが、ゲオルゲに注目して見ていると彼のパーソナリティを理解する手がかりがわかってきます。

ゲオルゲはとにかく周囲の人物に目を凝らして観察しています。一定期間雇われているにすぎないゲオルゲは、どこに行っても常に他所者であるわけで、雇用期間中に問題を起こさず無事に仕事を終えてお給金を手にしなければ生きていけません。トラブルを引き起こすきっかけにならないためか、自分から何かを語ることはほとんどありません。周囲の人間(ジョニー、親父さん、祖母の3人)がどのような人物で、その関係性がどうなっているのか、ゲオルゲは真面目に仕事しながら口数少なくじっと見ています。

さらに、何の保証もない移民で期間労働者のゲオルゲが生き延びるために必死であるという状況を、最初の食事の時に残ったスティックパンを気づかれぬようにポケットに忍ばせる場面で表現しています。後々出てくるゲオルゲが働く別の農場の場面では、見るからに荒くれ者っぽい多国籍の移民たちが働いています。帰る場所がない移民暮らしでしかもゲイとなると、そんな荒くれ者たちの中で生き残るためにどれだけの覚悟を決め、過酷な経験を乗り越えてきたのだろうかと考えるに至り、ゲオルゲが一筋縄ではいかない人物だということが見えてきます。

周囲の人物を観察することで生き延びてきた人生経験豊富なゲオルゲにとって、自分よりかなり年下で社会経験もゲイ関係の経験も乏しいジョニーはかなり御しやすい相手だろうと思います。自分の領域に侵入して来た闖入者に対して反発する気持ちと、男として性的な興味を抱く気持ち。ジョニーが抱く相反する気持ちなど、ゲオルゲには早々に気づかれています。

2人っきりで数日間の山での作業に向かう時に、ゲオルゲのことを「ジプシー」と侮蔑するジョニーを力でねじ伏せてドヤしつけたのは、効果的なショック療法。そのことでジョニーの中にある反発する気持ちを消滅させてしまえば、あとはゲオルゲに対する性的興味が表に出てくるのみ。


山での最初の夜、夜中に目覚めて小便するために表に出るゲオルゲ。欲望を抑えきれなくなったジョニーが股間を押さえながら小屋から出てきた音がした時、立ち小便をしているゲオルゲは下を向きながら「ふふん」と勝ち誇った笑顔を見せるのです! それは、ゲオルゲが用意した手のひらにジョニーが自ら乗ってきて踊りだす瞬間でした。

そこからは一気にゲオルゲの「愛の教育」が始まります。

まずは最初の夜、襲いかかってきたジョニーはいつもの性処理の感覚でいきなりゲオルゲのケツに逸物を挿入しようとします。しかし、それをゲオルゲに拒まれると、なんとジョニー自らゲオルゲの股間に顔を埋めていきます。男を性処理道具のように扱ってきたジョニーが、自分から相手にサービスをするのです。その翌晩は小屋の中で裸で抱き合い、他の男に求められても絶対拒んでいたジョニーがゲオルゲとは甘いキスを交わすのです。


山から降りても2人のラブな関係は熱くなる一方。隠しきれない熱々ぶりは、ジョニーの親父さんも祖母ちゃんもさすがに「おかしい」と感じ始めるほど。

ところで、最初の晩、襲いかかってきたジョニーに対してケツへの挿入を拒むゲオルゲを見て「ゲオルゲもタチなのかな?」と思ったのです。ところが、後々、山から降りた後にやりまくる2人の使用済みコンドームを祖母ちゃんが見つける場面が描かれます。

ゲオルゲはジョニーに対して、「恋の手ほどき」「男同士のセックスの手ほどき」だけじゃなく、「セーファーセックスの手ほどき」もしていたのですね。突発的に始まった山でのセックスはバニラなもので済ませておいて、山から降りてからしっかりセーファーセックスの重要性をきちんと教え込む。ゲオルゲは大した恋の先生だと、唸らされました。


先述したように、戻る場所がないゲオルゲにとっては、「恋」や「セックス」以上に大切なのは、何の保証もない不安定な環境の中で生き抜いていくことです。

ジョニーの父ちゃんが倒れて入院し、祖母ちゃんが看病のために病院に詰めることになった時点で、「父ちゃんが退院するまで雇用契約期間を延長しようか?」とゲオルゲが提案するのは、ジョニーへの愛情がベースにあることは間違いないですが、そこに働きやすい(生きやすい)環境に少しでも長くいたい、という現実的な希望も少ならからずあったでしょう。

様々な不満や将来への不安を抱えているとはいえ農場のある実家の後継者であるジョニーと、戻る場所のない移民暮らしのゲオルゲでは根本的な考え方は異なります。それがはっきりするのが、父ちゃんが入院中に2人で訪ねた地元のパブの場面です。

初めてのラブな関係に浮かれているジョニーは「ずっとここで暮らせばいい」と気軽にゲオルゲに提案します。しかしゲオルゲは、保守的な田舎で男同士の関係を続けることの困難さを知っているので、そんな浮かれた提案には乗りません。「家族に2人の関係をどう伝えるのか?」「将来2人でどう生きていくのか考えているのか?」と、いたって現実的な問いかけをします。

実家暮らしのジョニーと違い、移民暮らしのゲオルゲにとっては「遊びじゃないのよこの恋は」であり、「俺を口説くならもっと真剣に考えろよ!」という気持ちなのです。

そして、現実を突きつけられて不貞腐れたジョニーがやらかす事でキレたゲオルゲは、家を飛び出し次の仕事場へと去っていきます。


・・・初見の時は、ゲオルゲが怒りのあまり飛び出して行ったのだと素直に思っていました。が、腑に落ちなかったのは、常に身につけていたお気に入りのセーターを、なぜだか残していった事なのです。さして多くの荷物もない移民のゲオルゲが、大事なセーターを忘れるだろうか? 心に引っかかっていたこの疑問も、3回目の鑑賞で、ゲオルゲの一世一代の作戦だったのだと理解できました。自分のやらかした事を後悔し、寂しさに苛まれたジョニーが、自分の匂いが染み付いたセーターを発見しゲオルゲの匂いを掻けば必ず追いかけてくるに違いない、と考えたのでしょう。

実際、ジョニーはゲオルゲに投げかけられた問いをクリアーした上で、遠い農場まで迎えにいきます。ところが素直に気持ちを伝えられないジョニーに対してゲオルゲは冷たい態度をとって背中を向けます。追い詰められたジョニーが、心の底から本心を絞り出した瞬間、ゲオルゲは一世一代の勝負に勝ったのです。

長距離バスで一緒に戻る2人。疲れと安堵から眠りに落ちてもたれかかってきたジョニーの重さを感じながら、ゲオルゲは「愛情とともに、自分が生きていく場所を勝ち取った」穏やかな笑顔を見せます。


この映画を、男同士の美しい純愛物語、だと捉えていた方は、僕の感じ方に反発を覚えるかもしれません。でも、僕はゲオルゲという人物の複雑さに気づくほどに彼に対する思い入れが深くなって行きました。そして、「ゴッズ・オウン・カントリー」は僕にとって生涯忘れられない大切な一本となっていったのです。

[英題]GODS OWN COUNTRY 
[監督]フランシス・リー
[出演]ジョシュ・オコナー、アレック・セカレアヌ
2017|イギリス|105 分|英語

公式サイトはこちら

DVD/Blu-ray 発売中 ※詳細はこちら

※下記サイトで配信中
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