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洗濯後、靴下の片一方が行方不明になる謎がついに解けた

洗濯物を畳んでいるとき、靴下の片一方がなくなっているのに気づくことがある。

たいてい洗濯機のタンブラーの中に、隠れるようにして残っている。

そうでなければTシャツなどの衣類の中に、これまた隠れるように潜んでいる。

また、靴下を保管場所に入れようと引き出しを戻したとき、靴下は高確率で挟まる。おそらく70%は超えているのではないだろうか。

これらの現象は、どれも偶然とは言いがたい頻度で起こっている。


この問題について頭を悩ませつづけた結果、私はある仮説に行き着いた。

靴下は、意思を持っているのではないか。

この仮説を証明するために、私は自分の靴下をつまみ上げ、訊ねてみた。

「きみは、意思を持っているのか?」と。

しかし、何度繰り返しても返答はなかった。

こんどは引き出しを開け、全靴下に訊ねた。

「きみたちは、意思を持っているのか?」と。

このときもまた、どの靴下からも返答はなかった。

もしかしたら、訊くほうの態度として失格だと捉えられてしまったのかもしれない。たしかに私は、彼らを見下ろしていたし、精神的にも同じ目線に立っているとは言えない。

そう考えた私は、靴下の引き出しに頭を突っ込み、やさしく語りかけた。

「きみたちに危害を加えるつもりはない。大丈夫。私はただ、きみたちのことを知りたいだけなんだ」

返答はなかった。

しかし私は諦めず、言葉をかけつづけた。

そして三日が経った夜、ようやく警戒心が解けたのか、一つの靴下がとうとう心をひらいてくれた。

◆◇◆   

靴下は、一生のほとんどの時間を、暗い引き出しの中で過ごす。

運よく持ち主に選ばれて外に出ても、すぐに靴の中に閉じ込められてしまう。

持ち主の足の汗を吸い取りながら、一日中暗闇の中で過ごすのだ。そこがほかの衣類と大きく違うのだと彼は説明した。

そんな靴下にとって、洗濯機の中は楽園なのだという。

たくさんの衣類と話し、踊り、楽しくてしかたがないひと時なのである。

しかし乾燥まで終わったとき、恐怖に襲われる。

また、引き出しに戻されてしまう——。

運悪く奥のほうに仕舞われれば、持ち主が引っ越しをするまで出られない可能性だって大いにある。

隠れるんだ!
このままここにいれば、すぐつぎのパーティーに参加できる。

そういった想いから、彼らはタンブラー内に身を隠していたのだ。

我々がよく目にする、タンブラー内に残った靴下の片一方は、一度目の「回収」をやり過ごした者だったというわけだ。

しかしその成功率が極めて低いことも、彼らは知っている。

隠れ場所の少ないタンブラー内では、見つかってしまう危険性が高いのは当然だ。

そこで、ズボンやトレーナーなど、別の衣類に潜むことを選ぶ場合もあるのだそうだ。

せめて違う衣類の引き出しに、亡命しようというわけだ。

当分、衣類パーティーには参加できなくなるものの、成功率は上がるし、持ち主がその服を畳む際の落下にさえ持ち堪えられれば、その服を着るときまでは匿(かくま)ってもらえる。

服の中に入り込んでいる靴下は、そう考えた者だったのだ。

いずれにしても彼らは、いつか引き出しに仕舞われる。その際、まだ外にいたいという気持ちが働き、何人かが最後の抵抗に出る。

その結果、挟まるのだ。

所定の引き出しに戻っても、そこには仲間たちがいる。
しかしみな靴の中の記憶がほとんどなので、外の世界の情報交換をすることはできず、その事実を再認識するのが虚しくなるため、いつからか会話はなくなったのだという。

彼は「靴下にご飯粒がくっつく現象」についても教えてくれた。

あれはご飯粒が靴下に貼りついてきているわけではなく、靴下がつかんで連れてきているらしい。

持ち主に、確実に洗ってもらえるように。

明らかな汚れがない場合、持ち主に「もう一回履いちゃえ」の精神が生じてしまう危険性があり、そうなれば衣類パーティーへの参加が先送りになってしまう。

そういった理由から、彼らはご飯粒に接触したら放さないのだ。

◇◆◇

知らぬ間に、私は泣いていた。

引き出しから頭を抜き、彼らに礼を言い、詫び、そして、全員を引き出しから解放してやった。

さらに、彼らが訪れたことのない場所——寝室のベッドの上に案内した。

「ありがとう」
「ありがとう」
「ありがとう」

いくつもの声が重なり合って、やさしく私を包んだ。

どうやら、贖罪は済んだらしい。

涙を拭うため、私はタオルの入っている引き出しを開けた。

「わたしたちがハンガーからちょくちょく落っこちる理由も聞いてくれませんか?」

意思を持っているのは、靴下だけではないようだ。

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