お肉を目の前にして考えること
「人類家畜化計画」
パンデミックにかこつけて、さまざまな自由が奪われていき、ゆくゆくは超管理社会のなかでの生活を強いられる。
そんなことが現実化するかどうかは分かりません。しかし、ひとつの可能性として、向き合っていく必要はあると思っています。
最近は、陰謀論がただの妄想ではなく、教科書では教わらなかったような歴史を知れば知るほど、「あー、だからそうだったのか」と気づくことばかりです。つくづく、学校の教育システムというのが、プロパガンダの一環として存在しているのだということを思い知らされます。
あ、この話を始めると、話が横道に逸れるのでやめておきます。
本題に戻ります。
その「人類家畜化計画」ですが、「家畜」とは言うけれど、それってどういうものなのか、私はあまり考えたことがありませんでした。
もちろん「屠殺場」というのがあるのは知っていますし、食卓に並ぶお肉はそういうところを経て出されているものだという知識はあります。そういうお肉を食べるときは、「(命を)いただきます」という思いで、食べるように心がけてきました。
そんななか、最近出会ったのが「Dominion (2018) - full documentary [Official]」という動画です。約2時間の動画なのですが、これはきつかった。
私、開始6分のところで、視聴を断念しました。とても見ていられませんでした。本当に臆病者・・・。
そんなわけなので、この記事にもURLは貼り付けません。ご覧になりたい方は、タイトルをコピペ&検索してみてください。内容は、家畜の実態(だそう)です。この動画を全部見た方のコメントなども拝見したので、そういうことです。
愛情をもって家畜を育てる畜産農家の方も大勢いらっしゃると思いますし、その動画が家畜の全てではないと思います。しかし、経済優先で家畜を育てることになると、命は命として扱われず、結果として惨たらしい状況を生み出すのだと痛感しました。
そして、仮に「人類家畜化計画」が実現するとしたら、その家畜が人間に置き換わるということ???とてもではないですが、受け入れがたいことです。
しかし実際には、既にウイグルのジェノサイドの問題など、一部、それに近いことが、現実として起きていると思います。世界共産化だの、超管理社会だのが成立したら、全世界的にそういうことになっても、何ら不思議ではありません。
いやー、無理です。私、やはりそういう社会からは、一抜けさせていただきます。
そして、同時に思うことがあります。
俺、肉食べてていいの?
今の私、いろいろな社会システムのおかげで生かさせてもらっています。自分ができないことを、いろんな人たちにやっていただいて、そのうえに自分の生活が成り立っています。
今まさに、私はPCでnoteの記事を書いています。これにしたって、電力の供給、PCを作ってくれた人、通信機器のメーカーさん、通信事業者のインフラ・・・あ、あとnoteを運営してくれている人々。たくさんの人々のご協力を得ながら、成り立っているわけです。
で、お肉を食べるには・・・?
そこにも、いろんな人たちが関わってくれています。そのなかには「家畜を殺す」という仕事も含まれているわけです。で、考えてしまうのです。
やはり、家畜に申し訳ない・・・。
今の社会システムのなかでは、自分ができないことを、いろいろな人に代わりにしていただいて、その基盤のうえに生活を成立させています。それはそれとして、素直に感謝したいと思います。けれども、「家畜を殺す」という仕事を、自分ができないからといって、代わりに誰かにお願いしていていいのか?という疑問が湧いてしまうわけです。
結果、私は、なるべくお肉を食べるのを控えたいと思いました。
「家畜を殺す」という、自分では到底できもしないことを、他の人に代行してもらって肉を食べるというのは、あまりよろしくないように思ったのです。
ただし、ヴィーガンというほど、徹底したものではありません。今、私の目の前には、ほうれん草の炒め物があります。そのなかにはベーコンが入っています。これはこれとして、ありがたくいただきます。
家でもそうですし、外で誰かと食事をするときに、「肉は食べません!」と拒否するのも難しいだろうと思っています。出されたものは、素直にありがたくいただきます。なので、今後も肉を食べることはあるでしょう。しかし、自ら「肉を積極的に食べよう」という気持ちはなくなりました。
話は飛びますが、これから、もっと自給自足のような生活スタイルを目指していきたいと考えています。
今のところ、そのなかに畜産はありません。鶏育てて、卵をいただくくらいはアリかな?とは思います。
あとは、魚を釣って、それを捌いて食べるというのはできそうです。魚には申し訳ないですが、魚にはできる気がします。合掌して、「いただきます」をさせてもらいたいと思います。
けれども、家畜を殺して肉を食べる文化はなくてもいいよね?と思ったりするわけです。
ちなみに、かの超有名人であるビル・ゲイツ氏は、人工肉を推奨しています。これであれば、家畜を殺さなくても、肉を食べられそうです。
メンフィス・ミーツが主戦場とする事業分野には、豊富な資金が注入される一方で、ベンチャー同士の競争も激しくなっている。「インポッシブル・フーズ」と「ビヨンド・ミート」の両社は、植物ベースの代替肉の開発に取り組んでいる。卵を使わないマヨネーズで有名な「ハンプトン・クリーク」も人工肉の開発に取り組んでおり、米国の大型スーパーマーケットチェーン「ウォルマート」での販売をめざしている。
※GQ Japan「ビル・ゲイツとリチャード・ブランソンが“人工肉”に夢中?」2017年9月4日より引用
今のところ、私はこれを意識しているわけではありません。そして、この人工肉にどのような問題点があるのか、今のところ、私も詳しくは知りません。
しかし、これを日常的に食べてもいい代物なのかについては、少し様子をみる必要があると思います。例えば、添加物や加工方法など、本当に安全なのかという点、じっくりと検証する必要があるはずです。
排泄物を飲み水に???
この超有名人は、既にワクチンでの実績もあります。私たちの生命線である飲食にまつわる分野で、いろいろ動かれているのを見ると、ますます不安になるのです。
「自分たちで何とかできるようにした方がよい」と思わずにはいられません。
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