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石と水と

種明かしをすると、ある小道具をもらったおかげでそれができるようになった。
小道具の名は、スーパートゲール。
ピンときますか?はい、包丁研ぎホルダーの商品名です。
できるようになったのは、包丁研ぎ。
そしてそれを可能にしてくれた小道具はトゲールの他にもう一つあって、それは「できる」と思えるようになったこと。

それまでもずっと、自分でできたらいいなと思ってはきた。家には父が使っていた砥石がある。それも一つではない。道具は揃っている。
一方でちゃんと習わないと「できない」という意識が消せずにいた。大切な包丁が、自分のせいで再起不能になったりしたら、いたたまれない。やるなら正しく、きちんと。
だから通勤電車に包丁持って乗るとか、そういう負担もまあやむを得ない、必要なことだと受け入れて、折にふれ街のプロフェッショナルに研ぎに出していた。


変化は春に訪れた。
ピンときますよね。そう、誰もが家にいる時間が長くなった、あの時期。
ふと、「できる」気がした。やってみよう。何しろお店は閉まっているし。

いまどきは動画で研ぎ方を学べる。そこに知人からトゲールが送られてきた。
やろうと思えば、できると思えばおそらく何でも学べるし、たとえインターネットが無くても、学ぶ方法はきっとある。


砥石に水を含ませ、姿勢を正して柄を握り、包丁の腹に指を添える。できるだけ大きいストロークで砥石の上を滑らせる。
硯で墨をするように、緩やかな渦を描いて研ぎ汁が現れる。石と水と刃物が一つになる瞬間。
カエリができているかを指で確かめ、裏面も同様に研ぐ。感触で答えを探るおもしろさ。


親たちの寝静まった夜に、ひとり、砥石の前に立っているわたくし。少しおかしな絵かも知れないなあ。
でも今日もよく頑張った。
何の日でもない明日を楽しみに、眠ろう。




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