家賃6万5000円築49年駅から徒歩15分木造アパート戦記

はじめまして、石川です。

最近スマホを見ている時間があまりにも長く、意識の全てをインターネットに置いてしまっている危険な状態だったのでとりあえずTwitterをやめてみました。代わりに自分のメモ帳に手動タイムラインを作り、そこに書き込んでTwitter欲を満たしています。かまってくれる人もいないのになぜこんなに呟きたいのか自分でもわかりませんが、割といつも通りのツイート量を自分の仮設Twitterに吐き出しています。Twitterだと永遠に人の文章を読んでしまいますが、仮設Twitterでは自分の文章しかないので長居することがなく、今のところ満足です。他人の文章は積み本を消化することで欲を満たしています。

仮設Twitterでも大体140字以内の短文でつぶやいていたのですが、先日思わぬ戦いをした後アドレナリンが爆噴し仮設Twitterで一人で大暴れ。えぐい文字数のツイートをしてしまいました。前置きが長くなってしまいましたが、今回はそのツイート内容をふくらませつつまとめつつ、ここに書きたいと思います。

何と戦ったのかと言うと人類の敵、黒いアイツです。字面だけでも気が滅入るので隠語で失礼します。

最近は本名をiPhoneに打ち込むとアイツの絵文字が出てくるようになってしまい、うっかりその名も表せません。誰がこんな余計なことをしろと言ったのか?

今回は私石川とG、そしてイエグモ一族の、1DKの部屋をかけた凄惨な三つ巴の戦いのお話です。

※この記事には虫の写真、イラスト、絵文字は出てきませんので、安心してください。

私がこの部屋の内見に来たのは今から四年前のこと。不動産屋さんで鍵を借り、一人でこの部屋に入った時、白い床も相まって、四つの窓から差し込む光で部屋は明るく、清潔感があり、この部屋なら素敵だなぁとうっとりしながら部屋の中央に座りました。よっこらせと腰を下ろしたすぐそこに、小さなイエグモが、突如現れた巨大生物こと私に驚き、硬直していました。私もびくっとしました。これがイエグモと私の、はじめての邂逅です。つまり、イエグモは私がこの部屋に入るずっと前からここを住処としていたのです。私はそこに現れた侵食者という体でした。

引っ越してからもイエグモはちょろちょろと姿を表しました。体長1センチにも満たない、可愛らしいイエグモです。私は大抵の虫が嫌いですが、蜘蛛は平気です。足が八本あって丸いので、虫という感じが無いからだと思います。そもそも蜘蛛は昆虫のくくりには入らないそうです。私はイエグモを気にすることはなく、ただ風呂に現れた時は「ここにいたら溺れるよ」と手で掬い取り外に出してやり、コンロ周りに現れたら「焼身自殺するつもりか」と叱咤し、逃してやるということをしていました。当然イエグモは巨大な私の手に怯えて逃げ回るので、私はこの部屋に越してからイエグモを捕まえるのがとても上手になりました。幼い頃祖父に教えてもらった芥川龍之介の「蜘蛛の糸」の話も思い出し、なるべく先住者に優しくしようと思ったのです。

「やい、イエグモよ。ここにいても良いが、Gが出たら食ってくれよ。」

私は常々イエグモに向かって恩着せがましく言い聞かせていました。イエグモがGを食う。そんなことがあるわけはないのですが、私は虫嫌いゆえに虫について何も知らなかったのです。アシダカグモという大きな蜘蛛はGが大好物であり、アシダカグモが出た家は安泰であるというネットで得た知識を都合良く、イエグモにも当てはまると思い込んでいたのです。

そんなわけで、イエグモがこの部屋の先住者であることはよく承知していましたが、もう一つ、1DKのこの石川領には不穏な影がありました。Gです。

引越し初日、母が部屋を探索していると流しの下の戸棚にヤツの死骸を見つけ叫びました。私は死骸なら(嫌には違いないが)生きているGよりいくらかマシなので、それに2、3センチと小さかったのものですから、トイレットペーパーでこれを包み、処理しました。他にもその戸棚には黒い、ケシの種のような細かな粒がぽつぽつ落ちている。母はそれを「Gの糞だわ」、とおそろしげに言いました。母は流しの下を綺麗に掃除してくれて、水道管のわずかな隙間をガムテープで塞いでから、次の日引越しの手伝いに来た兄にホイホイの設置を命じてくれました。私はホイホイのパッケージが嫌いです。Gの実物はもちろんのこと、写真も絵も、ホイホイのパッケージのかわいらしく描かれたイラストでさえもあの姿を見たくありません。近年、そんな私たちの要望に応えてその肖像が一切パッケージにプリントされていない対策商品も出ましたが、未だ薬局の1コーナーはその忌まわしい姿で溢れ、そばを通るのも覚悟がいる辛い現状が続いております。パッケージにGの姿があった方が売り上げが伸びると言う実績があるのでしょうか?兄も「俺、ホイホイなんて触りたくないんだけど」と言いながらも、私も母も忙しいふりをして無視したので仕方なく作ってくれました。ありがたいことです。流しの下をガムテープで塞ぎ、コンロの下にはホイホイを設置し、ブラックキャットはその黒い物体感がそもそもGを連想させて怖いので代わりにハーブの香りで撃退するという商品を買ってきて、部屋のあちこちに仕込みました。

先に言っておくと、全て無意味でした。

この四年、アイツの姿を見ない夏はありません。

出るたびに泣きながら対処します。その姿を確認すると血の気がひき、しかしアドレナリンは大放出、下は大火事は上は大洪水、これなーんだ?(A.風呂)というような状態で気がおかしくなりそうです。四年目ともなるとG殺しのレベルも格段にあがり、逃すことはありませんが、最初のうちは泣きながら彼氏にLINEしたりしました。ただ怖いことがあったから話を聞いてくれ、というLINEをしたのですが「大丈夫!?捕まえておいてくれたら俺殺しに行くよ!」と返事が来て、そんなことを言ってくれるなんてとてもありがたいなと思う反面、

私がこれを捕まえて彼がくるまで見張っておく必要があるのか…

と冷静に考えると、沸き立っていた頭が一気に冷え、『自分で対処する他ないのだ』という現実がクリアに見え、むしろスッキリした状態で立ち向かえました。石川、成長の瞬間です。

後日、すったもんだの末にこの人と電話で別れ話をしている時、床に座り込む私の目の前を5ミリくらいのGの赤ちゃんが横切り、ティッシュでつまみながらあぁ、もうこの人が「俺が殺しに行くよ!」と言ってくれることはないんだな…と思い、涙を落としました。

一人で暮らす以上この部屋に出たGと向き合うのは私一人しかいない。

彼との交際はそのことを私に痛感させました。

夏、この古いアパートの廊下には大量のクロGとチャバネGが発生します。そしてそのうちの一匹二匹が、私の部屋にも侵入します。家の中に住み着くのは体の小さなヤマトGです。あの別れ話をしながら見かけた赤ちゃんもおそらくヤマトGです。

「ここにいる代わりに奴らを食えと言ったはずだぞ、このザマはなんだ!!」

石川はイエグモに当たり散らす始末。繰り返しますが、イエグモはGを食いません。むしろ、調べたところイエグモはGの餌になるのだとか。人間とGの関係はもとより、友好関係を保ってきた人間とイエグモの関係性にも亀裂が生じました。

イエグモはGを食べない。そう知ってからは、私は家でイエグモを見かけるたびに掬い取っては外に出すようにしました。なぜならここは私の家だから。

命は取らぬ。だが役に立たぬのならば出ていけ。

しかし、ある朝イエグモを捕まえ、一緒に外に出てアパートの廊下の床に放してやると、小さなイエグモはバッと跳躍して私の部屋のドアにびたっとしがみつき、離れないではありませんか。なりふり構わず、私の家のドアに必死にしがみつくイエグモを見て、私のこの部屋は私の部屋でありながら、イエグモたちの離れがたい故郷であることを思い知りました。突然現れた私こと巨大生物により、安住の地を追われたイエグモのことを思うと涙が出ます。きっと中には彼(彼女)の家族がいるのです。Gを駆除しなくたって、私の役に立たなくたって、イエグモは故郷を追われるべきではないはずです。私は、ひどい人間です。望郷の念に胸をかきむしられるように、硬い金属のドアを這い回るイエグモを見て、私は涙を流して反省しました。

しかしそんな反省も、ある事件により打ち砕かれました。

日々忙しいとつい家が荒れる。その時も、私はキッチンの床に落ちていた小さな空のタッパーをつい数日放置していました。私は荒れた部屋を一気に片付けるのが好きです。気持ちいいからです。その日も、仕事から早く帰れたので気合を入れて数日分の掃除に取り掛かりました。そしてついに数日転がりっぱなしだったタッパーを持ち上げた時、その影に体長2センチほどの小さなアイツ(ヤマトG)がいたのです。G殺し上級者となった私は瞬速でやつを仕留めました。久しぶりに室内で見たアイツの姿に息切れをしながら死骸を処理し、片付けに戻りましたが、いつも使っている食器用引き出しを開けると、その木製の引き出しの淵にも同じくアイツが乗っかって華々しく登場したではありませんか。引き出しにたっぷりアースジェットを噴射すると、数秒後に奴もその下の床で力尽きました。

「家に出てきたGのうち、デカくて黒いのは『訪問者』だから安心しなさい。一番厄介なのは茶色くて小さい奴だ。それは『住み着いている』からね。」

そう教えてくれたのは、20代初めのころ働いていたスナックのチーママでした。そのスナックも夏はGが発生し、ギャァギャァ泣き叫ぶ私にチーママは優しく諭したのでした(諭してなんとかなるわけもなかったが)。

そう、我が領地に住み着いているのです。

私は一気に頭に血が昇りました。

殺す。一匹残らず。

夜を徹して私は部屋を片付けました。バルサンを焚くためです。隠れられる物陰をなくし、電化製品にカバーをかける。次の休みに必ずバルサンを焚く。一網打尽にしてやる。

怒りに沸く私の脳裏に、イエグモの姿がちらつきます。バルサンを焚けば、Gは駆逐できる。しかし、友人たるイエグモの故郷も滅ぶ。私はさながら地ならし前夜のエレン・イェーガーです。

決行の前日、朝、化粧をする私が見つめる鏡の横に、いつものようにイエグモが佇み、私を見ておりました。私は化粧の手をやめ、イエグモを捕まえて外に逃がそうとしましたが、このイエグモは若いのか、中々俊敏で、捕まりません。

「だめだ…ここにいたら死んじゃうんだ…捕まってくれよ…頼むよ…」

そう言いながら、私は難民の子供を助けようとするエレン・イェーガーになっていました。


オレは何を考えている…

何を思い上がって…

これから暴力の限りを尽くす俺が…

正義を気取っていいはずがないだろ…

「ごめん…ごめん…」


私はついにイエグモを捕まえられませんでした。彼(彼女)一匹を救ったところで、彼(彼女)の家族はおそらく死ぬのです。ならば、一緒に死ぬのが幸せかもしれません。

決行の日、私は朝早く起きて、最後の準備をしました。リネン類はこの際だからまとめてコインランドリーに運んで一気に洗い、、家中の戸棚の扉を開け放ち、キッチンに一缶、寝所に一缶バルサンを設置。付属のカップに水を入れ、缶を沈ませる。

これで2時間後には、私の部屋には他の生命はいなくなっている。

私は家を出ると、近所のファミレスで食事を取り、ふと思い立って献血に向かいました。私が今日奪う、多くの命の代わりに、私の血で誰かを助けられれば…しかし、日頃の不摂生が祟ったのか、血が薄すぎて追い返される始末。こんな些細な罪滅ぼしさえ叶わないとはね。一人、自嘲気味に笑い溢し、とぼとぼ帰宅します。

全ての生命を滅ぼし、この部屋唯一の王、石川王の凱旋です。

床にぼろぼろ奴らの死骸が落ちていることを想像し、身構えておりましたが、床は綺麗なものでした。流しの下に一匹、1センチほどのヤマトGの死骸がひっくり返っていたのと、洗面所の前の床にGではない、他の黒い、正体不明の小さな羽虫の死骸が落ちており、それだけでした。イエグモたちはどんな最期でしたでしょうか。あんなにいたイエグモたちの死骸を見ることは、ついにありませんでした。

後日、この最後の戦いの様子を職場で先輩に話すと、石川さんの家は木造アパートだから、外に逃げたのかもしれないねと言われました。木造アパートは鉄骨系と違い、構造に隙間が多々あり、それが原因で虫が発生しやすいのだそうです。

ともかく、その日から私の部屋にはイエグモも、Gも出ていません。イエグモは必ず朝一匹は壁に張り付いて、私の朝の準備を見守っていたものですが、あの日から壁は真っ白に、何もいません。石川王は寂しい気持ちをひた隠し、G殲滅の祝いに一人、発泡酒を開けました。

二、三週間後に再びバルサンを焚くことで、卵から孵った赤ちゃんGも殺すことができ、石川王のジェノサイドは完了します。

その間に、不動産会社から電話が来ました。アパートの更新のお知らせです。石川王の地にはGもイエグモも出ず、今のところ安泰ではありますが、石川領地を一歩出れば未だそこはGの歩行者天国と言わんばかりの発生状況です。古いアパートで、草地に面した一階の廊下であれば仕方のないことかもしれません。つい先日も家の前に5センチ級の黒いGが現れ、殺しましたが、大きなストレスにより肌にブツブツができてしまったところです。石川王は、ついに遷都を決意しました。

先日、内見にて、一軒目で素敵な物件に巡り会いました。築25年、風呂トイレ別、そこそこの広さ、そしてなんとシステムキッチンです。常に湿っている現在の部屋の水回りとは大した違いです。同行した不動産会社のお姉さんも、「私が住みたいくらい!」とはしゃぎ、私も「ここにします!」と即決。ほくほくした気持ちで足元に目を落とすと、そこには花の種のように小さな、イエグモが私を見上げて硬直していたのでした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?