現在あるオタク・8 物販戦線異状なし 薔薇風呂戦線異状在り

 舞台挨拶付き上映会の会場での物販は、主に財団Bことバンダイ様の商品と、主演のキャラクターグッズである。
 今時の若い俳優さん達は、ご自分のオリジナル商品を作り、事務所ホームページの通販コーナーで売っているのだ。
 イベントの度に限定販売の新商品を作り、早々に売れてしまう物も多い。
 当日の売り場には △様のブルーレイディスクや公式のキャラクターブック、小説本、オリジナルマグカップやブロマイド、写真集の他に
 剛Тシャツ
 が売られていた。
 これは、これこそはファンにとっては仮面ライダードライブの詩島剛を象徴するもの。
 しかもVシネでは本編から3年経っているという設定なので、色も黒や臙脂など落ち着いており、ロゴもど派手ではない。
 いうなれば日常的に大いに使えるアイテムなのだ。
 しかも生地が厚めでしっかりしており縫製もいい。洗っても型崩れしない。
 日常着としてとても優秀なのである。サイズも男物のXLまであり、豊富だ。
 ひゃっほうとばかりにえんじとブラックを一枚ずつ買い、他に善きものはないかなとうろうろしていると、後ろから声をかけられた。

「あのう、着ていらっしゃるのサブサエティーですよね。どこで買われたんですか?」

 解説しよう。
 サブサエティーとは推しである稲葉君が日常的にお召しになっているファッションブランドである。
 ちょい不良っぽいオラオラ系のストリートファッションで、シャツからパンツ、上着、パーカー、シューズにバッグ、シルバーのハードめなアクセサリーまでトータルに揃うのである。
 旗艦店は渋谷の明治通り、原宿寄りの、まあお洒落ーな一角にあり、稲葉君のお兄さんがショップマネージャーである。
 ちなみにこのお兄さん、ひげを生やし、エッジの効いた鋭いお顔をしていらっしゃるが、弟である稲葉君に実によく似ていらっしゃる。
 三人兄弟の末っ子なので、時々お兄さんの店に買い物に行った写真がインスタに上がっているし、以前はカタログのモデルも務めていた。
 そんなナウなヤングのアメリカーンなファッションを、体形も顔も不自由な50女が着ているのである。悪目立ちもするわな。

「ああこれですね、渋谷のショップとネットショップと、廃盤になったものはヤフオクでですよ」

 正直に言えばこのsubciety(サブサエティー)というブランド、ユニクロやH&М、gapのようなファストブランドとは値段が大いに違う。
 私のようなパート主婦がショップでカパカパ買える値段ではないのだ。
 だから、スニーカーや指輪、ペンダントなどのアクセはショップ、うわものはヤフオクその他に頼っている。
 いつか、なんぞの作品で受賞して賞金を貰ったら、真っ先にショップに行って服を買うのである。
 50過ぎでもカジュアルでいくぜ。(きちんとした女性らしい服は持っていません。困ったものだ)
 しばらくあれやこれやで稲葉君のお兄さんの接客がさすがプロの心地良さという話や、ショップの壁のサインを見に行った話など、若く可愛らしいお嬢さんたちと話しながら、ふと傍らの公式さんの出店に目を落とすと、以前買ったことのある生写真五枚セットの束に紛れて、見たことのない、明らかに仮面ライダードライブ以前の20代になりたてのあどけない推しの笑顔がこちらを見ている。

 おおっとお

 私の手がその束を掴むのと、後ろから手が伸びて奪い返そうとされるのと、同時だった。
 どっこい、ファッションバーゲンの戦闘状態には気後れして手を引っ込める私であったが、推しの生写真とあっては謙譲の精神はない。
 しかもこの集団の中にあっては私は生きるシルバーシート。
 ばばあのふてぶてしさを舐めてもらっちゃ困る。

「チッ」

 耳元であからさまな舌打ちがして、私の横からふわふわとしたワンピースとフリルの着いたカーディガンを羽織った、ロングヘアをこてで丁寧に巻いた大柄な女性が離れて行った。

 勝った。そして買った。

 私は勝利に打ち震えつつ、推しの記念グッズのキャップを買った友人と合流した。

 そんなこんなでお手洗いに行く時間がなかったのが、この後の致命的なミスにつながるのだが、その時の私は気付いていない。
 前回の『Vシネ仮面ライダーチェイサー』の時は長くとも一本だった。
 今回は『Vシネ仮面ライダーハート』と『仮面ライダーマッハ』の二本立てである。
 そして開場前にマックで食べた、セットのアイスコーヒーがLサイズだった。
 間もなく上映開始のアナウンスが流され、私は冷え切った腹のまま、冷房の効いた上映ホールに戻って行った。

 司会の手慣れたナレーションで、本日の上映&舞台挨拶の進行が説明され、照明が落とされるとさっそく見慣れた番組ロゴからーの、ちょっと変わったテロップが映し出される。
 なにせ強面、一見しただけで敵キャラですねごめんなさい、とベタ折れしそうなルックスのロイミュード(しかし衣装と造形の都合で走る姿はミニスカを気にする女子ようにかわいい)、ハート様が仮面ライダーになるのである。
 しかも昭和のデカ魂の塊、警視庁捜査一課の刑事・現さんとの初絡み、監督は東映ギャグロボットの名手、石田監督。これはくどーいこーいギャグを期待しない方がおかしい。
 ちなみに2018年度のスーパー戦隊の主役の一人、デカレッドに変身する圭一郎は、この現さんを10歳若くしたような、見事に昭和のルックスを再現している。
「西部警察」じゃなくて「太陽にほえろ」の山さんやチョーさん的な方向ね。

 ダチのチェイスを復活させるべく奔走する詩島剛とゆかいな仲間たちの前で復活を遂げたのは、なぜか敵キャラであるハート、そして声だけの出演として敵幹部のめがねっこブレンと神の造形のボディを持つ馬場ふみか扮するメディック。
 仮面ライダーハートに変身するロイミュード・ハートを演じた蕨野友也さんは、全裸で薔薇風呂に入るわ(監督に「お前全裸いけるか」「はい、いけます」)一人三役のパントマイムで、慇懃無礼なブレン(松島庄太の高い声が絶品である)、色気ダダ漏れの少女幹部、メディックを完璧に演じ、会場の爆笑を誘っていた。
 しかもメディックが姿をコピーしたバレリーナの少女が襲われると、彼女をお姫様抱っこして戦うというアクションもこなしている。
 ちなみにバレリーナ、体にフィットする練習着なので、演じる馬場ちゃんの豊満なバストとくびれたウエストがくっきりである。
 なんという役得な私たち視聴者。世の男性たちよ、体を鍛えていつでも彼女をお姫様抱っこできるようにしておいてほしい。
 だが、ハート編の脚本・三条さんが熱く陽気に、エンタメに徹して男たちのバトルを描き、笑いをこれでもかと繰り出しているとき、いやそれだからこそ、後編のマッハ編での、人間の狂気とサガをえぐり出す長谷川脚本に対する恐れと期待が積み上がっていくのだ。

 この仮面ライダーハート・マッハ2本とも監督は石田監督。
 綾野剛と、藤田玲他あまたの若手俳優を鍛え上げたという、人の真理と悲しみと、ひつこい笑いを両立させる演出家である。近年は仮面ライダーアマゾンズで容赦ない描写を炸裂させている『巨匠』と呼ばれる監督である。

 私はそこはかとなく下腹部に違和感を憶えつつ、休憩なしで後編に突入したとたんアップで映し出される『ラスボスじゃないけど第一話の前から登場している、脚本の長谷川さんに愛されている悪』野間口徹さんを見ながら、「うおー、長谷川さん、どんだけ西堀父娘が好きなんだよお」と、脚本家の偏愛を讃え上げしていた。

(続きはまただよ)


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