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エンタメ研究へのアプローチ方法

 この地球上において人間だけがエンタメ活動を行っている。従って、エンタメを考えることは人間を考えることである。それでは、人間という対象に真正面からぶつかっていかなければならないエンタメ研究において、どのようなアプローチが可能であろうか?

 繰り返しにはなるが、人間はエンタメ活動を行う唯一の「動物」である。この点を鑑みれば、動物行動学の知見がエンタメ研究のアプローチ設定に援用できる。 

 動物行動学者で1973年にノーベル医学生理学賞を受賞したニコラース・ティンバーゲン(Nikolaas Tinbergen)は、動物行動の理解のために「4つの問い」を提唱した(Tinbergen[1963], Nesse[2013])。それは、①メカニズム(Mechanism: その行動の際にどのような仕組みで生物の機構が働くのか?) ②発達(Ontogeny: 成長と共にその行動がどのように発達していくのか?) ③機能(Function: その活動が生物的、社会的にどのように機能しているのか?) ④系統進化(Phylogeny:その活動が生物進化の過程でどのように獲得されたのか?)の4つである。

 上記4つの問いをエンタメ研究のアプローチへ適用すると以下のようになる。

 ①のメカニズムにおいては、「エンタメ活動の際に、どのように視聴覚などの感覚器官が動作し、それがどのように脳へ情報伝達され、更に脳内でどのようにその情報が処理され、どのような感情を生み出すのか?」ということになろう。この分野は医学、生理学、脳科学の分野で活発に研究さている。しかし、「感情」とは何かという極めて重要な問題が未解決であり、そのことが人間に感情的価値を与えるエンタメの本質的理解の前に立ちはだかっている。

 ②の発達は、「エンタメの実施、理解能力は年齢と共にどのように発達していくのか?」ということになる。例えば、ダンスや楽器演奏の能力は、年齢と共にどのように発達していくのかという研究課題はここに含まれる。また、小説や映画などの物語の理解能力は、年齢と共にどのように発達していくのかという研究課題もここに含まれるし、年齢と共にエンタメの嗜好がどのように変化していくのかという問いもここに含まれよう。

 ③の機能とは、「エンタメは個人的、社会的にどのように機能していて、その機能が我々の生活に対してどのような寄与をしているのか?」ということになる。例えば、音楽によるコミュニティの団結や、物語による世代間の知識伝承といった研究課題はこの範疇である。消費財としてのエンタメを研究するエンタメビジネスの研究も、エンタメの機能とそれに対する対価の研究であり、ここに含まれる。

 ④の系統進化は、「人間は進化の過程でいつ、なぜエンタメ能力を獲得したのか?」ということになる。これは①〜③とも密接に関連している。この領域も考古学などの分野で活発に研究されているが、未解明な部分が多い。遺跡の発掘品などから、少なくとも旧石器時代には、人類は原始的な楽器を使い、壁画を描いていたことが分かっているが、はっきり「いつから」と言える証拠はない。ましてや「なぜ」に対しては、納得できる答えを出していない。

 エンタメの総合的理解のためには①〜④の問いの全てに答えられなければならない。しかし、現状、①〜④の全ての問いが学術的発展途上にあり、エンタメの総合的理解にはまだ遠いと言わざるを得ない。エンタメ研究者は、自分の研究が①〜④のどの問いに含まれるのかを意識し、更に他の問いとの関連性も考えながら、研究の発展に寄与することが求められている。

参考文献

Tinbergen, N.[1963], "On aims and methods of ethology," Z. Tierpsychol, Vol. 20, pp.410–433.

Neese, R. [2013], "Tinbergen’s four questions, organized: a response to Bateson and Laland," Trends in Ecology and Evolution, Vol. 28(12), pp.681-682.


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