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引退会見という最後の打席に立ったイチローが語ったこと。そして、それまで向き合ってきたもの。

 イチローが現役引退を発表しました。

 試合後に行われたその引退会見は1時間以上・・・・85分に渡って行われ、全てが終わったのは深夜の1時過ぎです。でも最後まで釘付けになって見てしまいましたね。


■最後までイチロー節

 最後の質問に回答するときに、「こんな終わり方でいいのかな?最後は、キュッとしたいよね(笑)」とラストの質問の受付を追加し、「締まったねぇ、最後。皆さんも眠いでしょ?じゃあ、そろそろ帰りましょうか」と、最後までイチロー節でした。面白かったですね。

 世間が注目したのは、あの場でイチローが何を語るかだったと思います。

記者から投げかけられる質問には即答せず、それを自分の中でじっくりと噛み締め、咀嚼してから答えようとする、あの独特の間。質問する側からすると、なかなか緊張する時間でしょう。

聞かれた質問には、基本的に全部、本気で打ち返していました。「それを、この場で本人に聞くの?」という野暮な質問(ボール球)には、「それは野暮でしょ」とか「裏で話してあげる」などと返し、うまく見送る選球眼もさすがでした。イチローにとって、あの引退会見こそが、きっと最後の打席だったのだと思います。

■何を聞くのか

 イチローの回答と同時に、自分の職業柄もあって、「何を聞くのか」と「どんなタイプの質問をするのか」など、投手側(質問者側)が投げるボールの種類にも注目していました。

質問者が「これはすげぇ!」というボールは少なかったですけど、あのような共同会見の場だと、専門的かつ限定的な質問をしたくても、もうちょっとストライクゾーンを広くしたような質問を投げなくてはいけない難しさはあるんでしょうね。

テレビ、ラジオ、インターネット、新聞記者、専門誌、海外メディア・・・・いろんな媒体の方々がいますし、それぞれの目的があります。インタビューとは違い1問1答形式なので、一つのコメントを掘り下げるような質問はできません。インタビューとはまた違いますからね。

■イチローの名言

 そんな中でも、イチローの紡ぐ言葉はどれも宝物のようにキラキラしていました。特に印象に残ったのは、この二つです。

「メジャーや新しい世界に挑戦するのは勇気がいる。でも、成功すると思うから行く行かないという判断基準では、後悔を生むと思う。やりたいならやってみればいい。できると思うから挑戦するのではなく、やりたいと思えば挑戦すれば良い。そうすれば結果に後悔はない」

「一気に高みに行こうとすると、今の自分の状態にギャップがありすぎてそれは続けられない。地道に進むしかない。後退しながら、ある時は後退しかない。でも自分がやると決めたことを信じてやって行く。それが正解かどうかわからない。でも遠回りすることでしか、本当の自分には出会えない」

 どちらも素敵でした。

何ですかね。今はとにかく、良い意味でも悪い意味でも、情報があふれています。何かに挑戦するときに、うまくいくかどうかもデータによる裏付けで成功確率がはじき出されたりますし、成功のための最短距離も示されています。

でもイチローが言うように、成功すると思うから行く行かないという判断基準ではなくて、やりたいからやってみる。後退するかもしれないし、遠回りかもしれないけど、自分を信じてやってみる。

本当に大事なのは、きっとそういうことなんだろうと思います。

■イチローの“ICHI-METER”(イチ・メーター)と大久保嘉人の“YOSHI-METER”(ヨシ・メーター)

 大久保嘉人が川崎フロンターレに所属していた時期、試合会場には大久保嘉人のJ1通算ゴール数を表示する“YOSHI-METER”(ヨシ・メーター)なる巨大な横断幕が掲示されていました。

 2013年に達成したJ1通算100ゴール達成を記念して製作されたもので、大久保のゴールが決まると、サポーターが手動で素早く更新する光景はスタジアムのちょっとした名物にもなりました。
 
 その“YOSHI-METER”(ヨシ・メーター)のモデルとなっていたのが、“ICHI-METER”(イチ・メーター)でした。野球のアメリカMLBイチローの女性ファン・エイミーさんが、ヒットを打つたびにスタジアムで表示していた手作りボードです。

■イチローと大久保嘉人が向き合ってきたもの

 あるとき、大久保嘉人にイチローのことを聞いてみたことがあります。両者に接点があることを期待して聞いたのではなく、むしろ、そこからイチローについてどう思うかということを聞いてみたかったんですね。

しかし大久保嘉人の反応は意外なもので、「ヴィッセル神戸時代に一回だけ接点があるんですよ」という回答でした。

「オフになると、イチローさんはオリックスで自主トレしてますよね。オリックスの選手と神戸の選手は仲が良くて、イチローさんも練習を見学してくれたことがある。確か、2012年だったかな…でも自分はイチローさんが来ていたことに気づかなかったので、あとで教えてもらって気付いたんだけど(笑)」

 大久保嘉人がJ1通算100ゴールを記録した2013年、イチローは日米通算4000本安打を達成しました。その試合後の記者会見で、イチローが語っていた言葉はとても印象的でした。誰もが4000回の成功に注目する中で、イチロー本人がこんな風に胸を張っていたんですね。

「こういうときに誇れるのは、いい結果ではない。誇れることがあるとするならば、4000回のヒットを打つには、僕の数字で言うと、8000回以上は悔しい思いをしてきている。それと、常に自分なりに向き合ってきた事実はある。誇れるとしたらそこじゃないかと思います」

 当たり前ですけど、偉業を達成したときは誰もがその積み上げきた数字を褒め称えます。でも実際には、その成功の数字以上の悔しい思いを味わっているわけです。イチローは、その悔しい思いに自分なりに真摯に向き合っていたことに胸を張っていました。僕はこのことに感銘を受けました。

 大久保嘉人にも、同じことを聞いてみたいと思ったんですね。Jリーグで3年連続得点王を獲得した彼は、当時J1通算156ゴールを記録。2019年現在も歴代得点ランキングはトップです。彼もまたイチローと同じように、たくさんのゴールを積み上げながら、そこに付随していたであろう悔しさとも向き合ってきたわけです。

 そこにどう向き合ってきたのか。その胸の内を聞いてみたかったんですね。

「悔しい思いはずっと残りますよ。ポストに当たったとか、PKを外したとかは、いまだに覚えている。今年だったら、松本山雅戦のPKを決めていたら…今ごろ157点だったし(笑)。もっといえば、2年前の試合(2013年湘南戦)のPKも決めていたら今は158点だったなとか、そんなのも考えてしまう」

 大久保嘉人はそうやって苦く笑っていましたが、「では、その悔しさにどう向き合ってきたか」と尋ねると、驚くほど誠実でした。

「そこは、とことん向き合ってますね。試合の後はなるべく引きずらないようにはするけど、嫌でも頭に出てくるし、その場面は消せないから。だったら、出てこいと思うようになった…出てきて、忘れるまで、そのことをずっと考えている」

 悔しさには、とことん向き合う。そして練習する。そう話していました。

大きなものを成し遂げてきたアスリートは、いろんな悔しさに誠実に向き合って、それを自分なりに乗り越えてきているのだと感じた瞬間でしたね。

■最後に

 繰り返しになりますが、イチローが引退会見で口にしていた「一気に高みに行こうとすると、今の自分の状態にギャップがありすぎてそれは続けられない。地道に進むしかない。後退しながら、ある時は後退しかない。でも自分がやると決めたことを信じてやって行く。それが正解かどうかわからない。でも遠回りすることでしか、本当の自分には出会えない」と言う言葉は、人生の金言だと思います。

イチロー選手、お疲れ様でした。


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サッカーと将棋をコンテンツ化するフリーランスです。Number Webなどに寄稿。著書は「将棋でサッカーが面白くなる本」、「川崎フロンターレあるある1&2」など。「サッカー脳を育む」、「サッカー上達のためのマインドとメソッド」など中村憲剛の著書の構成も担当。
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