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「今だからこそ」が輝くNetflix映画『タイラー・レイク -命の奪還-』

「今だからこそ」という惹句は最早好きなものをオススメする方便と化しているが、それでもこの作品は"今だからこそ"オススメしたい。
それが4月24日に配信されたクリス・ヘムズワース主演のNetflixオリジナル映画『タイラー・レイク -命の奪還-』だ。

クリス・ヘムズワースと言えばマーベル・シネマティック・ユニバースで雷神ソーを務めたことでも知られるオーストラリア出身の人気俳優。温暖な国をレペゼンするような体格と顔の持ち主で、陽の気を纏うホットな人物だ。
そんな彼の最新作である「タイラー・レイク」は今までの陽のキャラクターとは一転。過去にトラウマを抱え、死ぬために戦場へ身を投じる鬱屈したキャラクター、タイラー・レイクを演じている。
そんなタイラー・レイクはある日、傭兵として一つの仕事を受ける。それは誘拐された麻薬王の一人息子の救出だ。
プロット自体は非常に単純明快。マッチポンプじゃないボーダーライン2なのでシンプルにアクションを追える作りになっている。物語に不純なものがなく、普通に良作と言える脚本だ。
だが本作の監督はサム・ハーグレイヴである。シビルウォーやインフィニティ・ウォーなどでアクション設計を担当し、あのアジア圏歴代興行収入No.1を記録した伝説の映画『戦狼/ウルフ・オブ・ウォー(2017)』でアクション監督を努めた男だ。
そんな彼が作ったアクション映画が普通なはずがない。

とにかく本作のアクションはハチャメチャにすごい。『マイティ・ソー』で超常的でダイナミックなアクションをさせていたクリス・ヘムズワースにタクティカルな軍隊格闘を仕込み、フィジカルとテクニックで猛攻する新たなスタイルを開拓した。
今作のクリヘムはあまりにも強すぎて少年の救出自体はものの数分で終わらせてしまう。ガタイの差はテクニックで埋めることができるが、ガタイのいいヤツがテクニックを身に着けたら手が付けられないことがよくわかる。
本作でダッカの街そのものを敵に回したクリス・ヘムズワースは集団に突っ込み至近距離で銃撃戦を展開することで数の差を圧倒する。
ミニマムな格闘で敵を武装解除したと思った次の瞬間、体格を活かした圧倒的暴力が炸裂するのでテクニカルな格闘とダイナミックなアクションを一度に楽しむことができる。
特に要所要所で炸裂するフィジカル全乗せの前蹴りは面白いくらい人が吹っ飛ぶので必見だ。
そんな本作におけるアクション臨界点とも言えるのが中盤の疑似長回しのアクションだ。
疑似長回しアクションと言えば2016年~2018年にかけて映画界で大流行したことでも記憶に新しい。当時はあまりにも長回しアクションが作られ過ぎて、ネタが被らないよう次々と新しいシチュエーションの長回しアクションが作られた。
ちょうどその頃に殺陣師として頭角を現したサム・ハーグレイヴはいくつかの優れた疑似長回しアクションを撮っている。その一つが『戦狼/ウルフ・オブ・ウォー』だ。
ミリタリーアクションとして本作ともスタイルが近い戦狼だが、当時はもう「長回しアクションは出尽くした」感が漂う中で冒頭から水中長回しカンフーというこちらの度肝を抜くアクションを叩きつけてきた。
主演兼監督でもあるカンフースターのウー・ジンの身体能力の高さもさることながら、これを撮り切ったサム・ハーグレイヴの技術力も高い。
そしてもう一つがデヴィッド・リーチ監督のスパイアクションである『アトミック・ブロンド』だ。こちらでスタント・コーディネーターとセカンドユニット監督を担当したサム・ハーグレイヴはアパートでの長回しアクションというシチュエーション自体に真新しさはないもののシャーリーズ・セロンがひたすら泥臭く戦うという、他にはない強烈なアクションを撮り切った。
持てるもの全て吐き出して戦うシャーリーズ・セロンの姿は長回しの緊張感も手伝って痛々しさ全開。かなりのインパクトを見る者に植え付けた。

こうして数多のアクション映画を経て、初めて監督を務めた処女作「タイラー・レイク」では、様々なシチュエーション一度に全部盛り込むことで新たな長回しアクションを叩きだした。シチュエーションを目まぐるしく変化させ、様々なアクションを盛り込む様はまるで長回しアクションの海鮮丼である。サム・ハーグレイヴならではの発想の転換が長回しアクションが廃れつつあるここにきて新しい長回しアクションを生み出したのだ。
近いことは『アトミック・ブロンド』で既にやっているが、『アトミック・ブロンド』ではあくまでもシャーリーズ・セロン視点を徹底し、カーチェイスでも基本車内でカメラを回すにとどめていた。
しかし、本作では視点が縦横無尽に切り替わりながらもカットは切らないように見せ、カーチェイスでもカメラが車内から車外へとぐいぐい動き回る。
本作の凄い所は、それでいながらアクションが全く見づらくならないところだ。至近距離での格闘でも雑な手ぶれがなくクリヘムのタクティカルな動きがわかりやすく撮られている。長回しの緊張感を維持しながら、スピード感とダイナミックさに溢れた演出をし、アクション自体は見やすいという相当技術力の高いことを成し遂げている。
念願のサム・ハーグレイヴ初監督作なだけあって並々ならぬ熱量と今まで積み重ねた技術の発露がこの映画では起きているのだ。
技術的なことは置いといても誰もが「よくわかんないけどとにかく凄いものを見た」という呆然とした感想を抱くアクションに仕上がっている。

また、個人的にはドラマ面も気に入っている。戦場における死の無常観が描かれており、死者よりも生者に寄り添おうとするタイラー・レイクの姿は「死ねば何も残らない」という諦観が見て取れるが、同時に人としての温かさも感じることができる。
そんなタイラー・レイク自身も息子の死を引きずり、半ば死にに行くような戦場に自ら赴く”死者の側”へ片足突っ込んだ人間なのだが、だからこそ生きようとする少年との間に絆が生まれた瞬間ドラマになるのだ。

新作映画は軒並み延期し映画館は全国的に休業しているこの状況に鬱屈した思いを抱えている人も多いと思う。自分は新作映画が公開され、感想が飛び交うタイムラインが好きなのだがそれもしばらく見れていない。
そんな中で配信された新作映画『タイラー・レイク -命の奪還-』は鬱屈した状況で沈殿した澱のようなものを一気に吹き飛ばして霞すら残らない、そんな強烈なアクション映画だった。
こんな状況でも新作映画が見れるのがNetflixオリジナルの強みだが、これほど強烈で話題性のある映画は劇場公開映画でもそうそうはない。
映画界にほのかな活気を取り戻す『タイラー・レイク』はまさに”今だからこそ”見るべき映画だ。
とにかく凄いものが見れるのは間違いないので、是非その目で観賞して欲しい。

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