
ショートショート・「走るの怖いが、フィジカルマンマン」
朝の公園、木々の間から差し込む陽射しが静かに私を包んでいた。柔らかな風が頬をかすめ、どこか遠くで子供たちの笑い声が響いていた。私の視線は前に走る子供たちに向いているが、頭の中では別のことが渦巻いている。走ることについてだ。
スポーツは好きだ。テニスも、MTBも、スケートボードも、ロードバイクも、水泳も。ウォーキングだって大好きだ。しかし、走るのは違う。特にマラソンやランニングは嫌いというわけではないが、怖い。走るたびに、自分の体が少しずつ壊れていくのが、分かってしまうからだ。
私は本を読んだ。YouTubeも見た。市民ランナーのブログも隅から隅まで読み込んだ。本も二十冊以上買った。準備は完璧だった。そして、毎日走り出す。でも、3ヶ月経つと、決まって体が壊れる。そして、走ることをやめる。また3年が過ぎる。今度こそと再び走り出すが、また同じことの繰り返しだ。
私は走ることが嫌いではない。ただ、あの足が地面に触れる瞬間の衝撃、それが怖い。地味に少しずつ、体を蝕んでいくのが分かる。着地の瞬間が無数に積み重なり、体が壊れていく。その妄想?その感覚がはっきりと伝わってくるのだ。だから続かない。
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再び3年が過ぎた。ウォーキングは日課だ。1日平均8キロ、多い時には15キロ。ランニングウェアにパンツ、ルナサンダル、ランニングザックを身にまとい、見た目はランナーだ。でも私は歩いているだけだ。
「歩くことならできる。これなら体も壊れない」と自分に言い聞かせる。月に200キロを歩く。3ヶ月間続けた。そろそろ走ってもいいんじゃないかと思うこともある。でも、実際に走ってみると5歩で息が上がる。着地の振動が再び体に響き渡る。疲れが一気に押し寄せる。やはり、走るのは向いていないんだと感じる。
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そんなある日、近くの公園で「フィジカルマンマン教室」という奇妙な名前のイベントを見つけた。参加者はいない。先生らしき男が一人立っていた。小柄で、子供のようにも見えたが、ひげボウボウで野生的な顔つきをしていたので、間違いなく大人だと分かった。その時、その男と目が合った。
「どうしました?」
「え?」
「どうしました?」
「私ですか?」
「あなたしかいないでしょう。やりますか?フィジカルマンマン?」
「え?」
「興味ないですか?フィジカルマンマン」
私は返事に困った。興味がないわけではない。ある。「フィジカルマンマン」という言葉の響きに惹かれた。
「二千円」と彼が言う。
「え?」
「2千円で行きましょう」
2千円が参加費らしい。悪くない、と私は思った。この野生の顔をした男とひと時を過ごすのも悪くない考えだと思った。今月はバニーガールの店にも行っていないし、車のバッテリーも外したままだ。遊びに使ったお金も少なかった。だから、これはアリだと思った。
男は「チンです」と名乗った。「假屋崎ちんや」というのが本名らしいが、「チンでいい」と言われたので、私は「チンさん」と呼ぶことにした。
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マラソンへの憧れがあるけど、走るのが怖いんです、と私はチンさんに話した。着地の衝撃が怖くて、走り始めることができない。彼は、「今は走る必要はない」と言った。「走りたくなった時だけ走ればいい。今はその時じゃない。まずは細かい筋肉をつけよう」と。
ちょうど歩くことが好きなら、それを見直そうということになり、私たちは現状の歩行フォームの改善に取り組んだ。鳩尾から水平に出ている紐を自分で引っ張る、パントマイムような動きで、腕を動かして歩く。仙骨を進行方向に自分で押しながら進む。この2つをイメージして、体を進行方向に素直に動かす感覚が掴めてきた。
さらに、骨盤を先に動かし、太もも、膝、足首はリラックスして腰に追随させる。足は真下に着地させて、競歩のように、腰から下を1本の杖のように使う歩き方も試した。仙骨を先行して動かし、お尻の筋肉と裏モモの筋反射のみで歩く。という動きもやってみた。色々と教えてもらった。3時間があっという間に過ぎた。
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「どうですか?」とチンさんが聞いてきた。
「良いですね。気持ちいいです」と私は答えた。
「今日は終わりです」と、チンさん。
「歩くのって面白いですね」と私は言った。
「歩くのは最高ですよ」チンさんはそう言った。「そのうち身体から走りたくなりますから。それまでは今日教えたことを毎日楽しんで歩いてください」
チンさんはそう言って、走り去った。
その走り方はまるで風のようだった。
体の上下が全くなく、スルスルと水平移動して消えていく。
その姿に私は魅了された。
「あの走り方も教えて欲しい」と心の中で思ったが、今は今日習ったことをしばらく続けようと思った。
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しばらくして、私はチンさんの走り方を真似してみた。しかし、すぐに疲れてしまった。20歩で息が上がる。体が重くなる。やはり、私はまだ走る準備ができていない。でも、それでいい。まずは歩こう。細かい細かい筋肉をしっかり鍛えてから、また前に進めばいい。走ることへの恐怖が少しずつ消えていくのを感じながら、私は一歩一歩進んでいく。
これが、最近の私の話だ。全くもって普通の話でゴメンだけれど。