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鷲羽山遺跡巡り②

鷲羽山近辺の遺跡巡り2日目です。朝早くにホテルを出て、岡山駅から児島駅まで電車で行き、児島駅から路線バスに乗って櫃石島ひついしじまを目指します。路線バスには私以外に乗客1名。もう1人の方は荷物や服装から釣りに行くと思われるおじさんでした。路線バスのため、今から島に渡る感じは全くしません。しかし、バスが瀬戸大橋に差しかかると、一気に高速道路感が出て、いざ渡るぞーって所ですぐにバスはループ橋を下って櫃石島に到着します。バスは私とおじさんを降ろして、坂出方向に再びループ橋を登って向かっていきました。

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鷲羽山から櫃石島を臨む。

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このバス路線を日常的に利用している生活があるのが、何か不思議な感じです。外周5.4キロ、島民は200人程の漁村です。こんなに岡山寄りでも香川県というのも不思議。

到着後、今回の目的である旧石器時代の遺跡のありそうな場所を目指して散策しました。櫃石島を始めとする瀬戸大橋が通る塩飽諸島の島々には旧石器の遺跡が多く、橋の工事に伴う発掘報告書も出ています(櫃石島での発掘ではあまり多くの遺物は出土していませんでした)。その時の報告書や、岡山に考古遺物を昔から採集されている方がおられ、その方のブログでの櫃石島の情報を参考にしながら遺跡らしきところを巡ってみました。しかし、離島という事もあり、人口減少と高齢化のためか、昔は畑だった場所も耕作放棄地になっており藪だらけの印象でした。そのため、サヌカイトの欠片でも落ちてないか見ても、全く見当たらず。結局、島の神社や史跡を巡って終わった感じです。

目に見えた旧石器時代の痕跡は掴めませんでしたが、地形を見て遺跡のありそうな場所を想像してみたり、人がいなくて非常にのどかな離島の雰囲気と、冬が終わろうとしている暖かな日差しの下散策するのも気持ち良く、楽しかったです。

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神社には巨石が祀られていました。鷲羽山近辺は花崗岩巨石の宝庫です。

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島の名前になっている櫃石です。櫃とは大きな箱を意味します。平家の落人がここにお宝を埋めた言い伝えがあるとか。これもなかなかの巨石ですが、瀬戸大橋の真下になっているのでパワーが半減されてる感じで、何とも気の毒な感じもします。

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橋で渡れるようになっている歩渡島ぶどじまという小さな島です。この日はお祭りがあるようで、島の漁師さんらしき人達が何か準備をしている様子でした。

後期旧石器時代の瀬戸内海は100メートル以上海抜が低く、当時櫃石島は小高い丘のような場所だったのでしょう。当時、瀬戸内海には湖があったそうで、そこにやってくるナウマンゾウやオオツノジカを小高い丘から狙っていたのでしょうし、その狩りには香川県の五色台等から持ってきた(物々交換して手に入れる事もあったでしょう)サヌカイトが欠かせなかったのです。長野県野尻湖のナウマンゾウの発掘事例や長野県矢出川遺跡のように、湖や湿地帯での狩猟は、沼地に足を取られた獣を狩る地の利を活かしたものだったのでしょう。そんな大昔の遺跡が眠る島々を、今では巨大なコンクリートの塊の橋脚が鎮座し鉄の橋がかかっている光景は、人の営みの進歩を思わされる反面、無機質な今の現代人が何か失っているのではないかと感じさせる風景でもありました。

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真下から見る瀬戸大橋とその土台。コンクリートのあまりの規模に唖然としました。右下にあるのが結構大型のトラックです。その巨大さに少し怖いような気持ちになります。

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橋の上をマリンライナーが走っていきます。

最後に鷲羽山へ

のんびり櫃石島で過ごした後、再び路線バスに乗って、鷲羽山の北側で途中下車し、鷲羽山の展望台をマイナーなルートから目指しました。

鷲羽山自体もも旧石器時代の遺跡です。日本の旧石器時代の遺跡として初めて認められた岩宿遺跡の発見を受けて、1950年代から注目された遺跡で、サヌカイトを主な石材とする旧石器が多数発見されています。その資料は倉敷考古館に収蔵されていますが、主な製品としてナイフ型石器、槍先型尖頭器、彫器、細石刃核といったものがあります。それらの石器を見ると、後期旧石器時代の中でも複数の時間差のある遺物が確認できます。

初めて行った鷲羽山は良く晴れていて、ここが旧石器時代の遺跡としてだけでなく、風光明媚な観光地としても人々に愛される場所だというのが良くわかりました。恐らく旧石器時代の人々にとっても日当たりが良くて、見晴らしが良いこの場所は大切な場所だったのでしょう。散策路でごく小さなサヌカイトが見つかったので、その痕跡は見つけましたが、鷲羽山も大分花崗岩が風化してきているのが分かりました。

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鷲羽山には古墳も点在しています。石室が剥き出しになっているものが多く、環境的に風雨による侵食や風化を受けやすいのでしょう。古墳時代の人々もこの場所にお墓を作りたくなるような特別な場所だったと思います。

終わりに

最後に鷲羽山を散策してこの旅を終えました。この旅行は、遺跡といっても物資的にはほとんど「何もない」場所を巡る旅でしたが、遺跡のある風景を見て、その土地の匂いを嗅いで想像を巡らせてワクワクする楽しさを十分に感じました。考古学に興味を持つと、遺物が展示されている博物館や資料館に行く事が多いですが、遺跡のある現地に行くとまた自分の抱いていたイメージが変わったりします。それは旅行のガイドブックで読む情報と、実際行ってみての印象が異なるのに似ています。実際に行って見て、自分のイメージがよりリアルになる事、それがやめられないです。そこがただの更地や山林でも。


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