業務日誌202411_2 『IMONを創る』(いがらしみきお著)の「(笑)」
先日(2024年11月8日(金))放送されたテレビ朝日「バズマンTV」で、マヂカルラブリーの野田クリスタルさんが『IMONを創る』(いがらしみきお著)を買ってくれていた。1万円分漫画を購入する企画だったのだが、漫画の棚に並んでいたところをジャケ買いしてくださったのだという。
帯に記載されるコピーも含めて、装丁の理想は「置けば売れる」ということだろう。その棚の前を、そこにレイアウトされているジャンルに興味を持つ人が通りがかった時にその本が目に入れば手に取ってもらえるような造本。
しかし自分が作る本は、その内容からどの棚に置けばいいか困られることが多い(そういう本をこそ作りたいという気持ちもある)。その中でも『IMONを創る』は特に難しい本だと思う。文章がメインの本なので今回のように漫画の棚に置かれることはジャンル違いといえばそうなのだが、この本に何かを感じる人の目に触れて、その人が手に取ってくれているのだから、これは誤配でありながら正解なのだろう。書店員さんのキュレーションには本当に頭が上がりません。
野田クリスタルさんも「『ぼのぼの』のいがらしみきお先生の……」と紹介されていたが、『IMONを創る』は2年間の休筆期間を経て、いがらしさんの代表作『ぼのぼの』の連載が開始された頃、アスキーの雑誌「EYE・COM」に連載されていた長篇エッセイである。
まだパソコンもインターネットもまったく普及していなかった80年代、これから確実にそれらが当たり前のものになるはずと予見していたいがらしさんが、「じゃあそういう世界で、人間が面白く生きていくためにはどうしたらいいのか?」を考えるというものなのだが、当然オリジナル版単行本が刊行された1992年にはそんなことを考えている人は圧倒的少数であったから、すぐに入手困難の知る人ぞ知る本になっていった(*1)。
驚くべきことに、『IMONを創る』ではその後のコンピューター、インターネットの爆発的普及はもちろん、2010年代以降のSNS社会のありようや、近年のAI産業の隆盛まで(そしておそらくはその先までも)が80年代末~90年代初頭の時点で正確に予言されている(*2)。
のみならず、それを踏まえて提出される「人間のためのOS」=IMON(いつでも・もっと・おもしろく・ないとなァ)は、いまだに古びないどころかこれからますますクリティカルなものであり続けるだろう。特に、自ら何かを作りたいと思っている人や、この世界や社会のことがよく分からないが、なるべく多くのことを分かりたいと願う人にとっては。(*3)
『IMONを創る』で構築されたこのOS――オビでは便宜的に「人間哲学」としているが、本当は「人間のためのOS」以外の何物でもない――は、リアルタイムに並行して制作されていた(今も連載が続いている)『ぼのぼの』はもちろんのこと、いがらしさんが自ら監督・脚本を務めたアニメ映画『ぼのぼの』(必見! Amazon primeで見られます)、『Sink』『I【アイ】』、『誰でもないところからの眺め』等その後の傑作群、そして近作『人間一生図巻』(*4)に至るまで、驚異的な汎用性で駆動を続けている。
その基幹をなす「IMON三原則」というものがある。それは
①リアルタイム
②マルチタスク
③(笑)
の三つなのだが、この中で一番興味深いのは、やはり③の(笑)だろう。『IMONを創る』刊行後行われた、テレビ東京の大森時生さん、ダ・ヴィンチ・恐山さんこと品田遊さんによる本書をめぐる対談でも、この(笑)の解釈がハイライトのひとつになっていた。
この(笑)は、IMONというOSの重要な基盤であるのみならず、「すべてのことの核心の核心」、あらゆる価値観と意味がゼロになる地点=「K点」として位置づけられている。
芸人という生き方は、身一つでこの「K点」を垣間見させる渡世だ。その技術の頂点に立った人であり、なおかつゲームを手作りしたりしている人が『IMONを創る』に何かを感じて手にとってくれたということが、なんとも言えず嬉しかった。
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