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信頼関係

「私、ここのお寿司大好きなんです。おいしいしくて、シャリが小さくて食べやすくて。たくさん食べれちゃいます」
「そっか。それはよかった」
久しぶりに来た寿司屋のカウンター。無邪気にはしゃぐ彼女を見てこちらも楽しくなる。

IT系に強い彼女にちょっとした相談に乗ってもらうようになってもう1年以上になる。そのお礼にたまにこうして食事に誘っているのだ。

「ちょっといいですか?友達の話なんですけど。彼氏がケチで困るっていうんですよ」
「そうなの? でもケチっていってもレベルがあるからなー」
「二人で食事に行くと10円単位まで割り勘にするんですって」
「あらー、それはそれは。なかなかしっかりしてらっしゃる」

僕の世代では、女性からはお金をもらわないのが基本だった。男尊女卑というわけではなくて、レディーファーストというかマナーのつもりであり、こちらも無理をしている感覚ではなく、自然にそうしているのだが。

「別に割り勘自体はいいと思うんですけど、あまり細かいと・・・」
「まあ、そうだよね。せっかく楽しい時間を過ごしたのに、帰り際にお金のことで嫌な気持ちになったら台無しだもんな」

最近では、カップルでも割り勘にするのが主流になりつつあるらしい。

「私もおごって欲しいとは思わないんですよね。『俺がおごってやるんだぞ』みたいにされる方が嫌ですね」
「そっか。一緒に楽しんでるんだから対等って事だね」
「はい。『全部払ってやるんだから、俺に感謝しろ』みたいな人には、キャバクラにでも行けって言いたくなります。自分の分は自分で払って、気を遣わずに楽しみたいんです」

男が思っている以上に女性はしっかりしている。

しかし、ふと思った。

「いや、でもさ。僕の女友達、みんな帰り際に『ごちそうさまです』の一言で終了だよ? これってどういうことだろう」
「そうですか。たぶん、その ごちそうさま には… 二つパターンがあると思います」

二つのパターン?

「ちゃんと話しますね」

こちらに向きなおして彼女が話す。

「まずAパターン。女の子の方が私がわざわざ来てあげてるんだから、おごってもらって当たり前』と思っているケースです。感覚的には仕事と同じですね。だから対価を求める。『当然ですよね、ごちそうさまです』という意味ですね」
「なるほど… 残念ながらわかるような気もする」

嫌々ながら付き合ってあげてるんだから、その分のお金をもらうのに遠慮はしないってことなのか…

「次にBパターン。女の子が完全に安心してるケースです。お父さんにおねだりしてるのと同じ感覚で『ありがとうございます、ごちそうさまです』って本当に素直に思ってる」
「んー、そっちのパターンもわかるような気がする」

まあ、安心してもらってるのならば、悪い事じゃないんだろうけど。

「でもBのパターンって。ちょっと好きだから甘えられるですよ。異性としてかどうかは別ですが。めちゃくちゃ信頼してるってことですから」

そっか。好かれてるとしたら、それはうれしいな。

しかし。

AかBか、どっちなんだろ…


会計を済ませて寿司屋を出ると、彼女は言った。

ごちそうさまです

さあ、さっきの話の続きだ。僕は尋ねた。

「君のそれはどっち? Aなの? Bなの?」
「どっちだと思います? 」

希望も含めて僕は答えた。

「ん~ B! 」

するといたずらっぽく笑って彼女は言った。

「ん~ ナイショです! 」


まったくもう。

でも。

こんな彼女の笑顔を見られるならそんなのどっちでもいいかと思えた。

そう思えるほど、僕は彼女を信頼しているのだろう。



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