くぅちゃんは肉食。
スマホの通知。懐かしい名前がそこにはあった。
「覚えててくれたのか…」
11月は僕のアニバーサリー月間だ。去年はどうだったのだろう。思い出せない。何かをプレゼントされた記憶はないが、食事をご馳走になったかもしれない。
くぅちゃんと会わなくなって、どれくらいが経つだろう。半年くらいだろうか。終わった時間の記録を残しておくのが嫌なタイプの僕は、最後の日を正確に思い出す事もできない。
くぅちゃんはとにかく肉が好きで、それだけじゃなく、とても肉にも詳しかった。どこが美味しくて、どうすれば肉を美味しく食べられるか、くぅちゃんのそういう話を聞くのが僕は好きだった。
2年前と言えば低糖質ダイエットなどといって肉を食べることが流行った時期でもあり、多い時は週に3回くらいステーキを食べに行った。
店につけば会話もせずにガツガツと食べた。300gの肉をペロリとたいらげたら、お酒は次の店で飲む。その流れが鉄板だった(お肉だけに)
だが。
長くは続かなかった。
言い訳じみた言葉を並べる事はいくらでもできるのだが、一言で僕の感情の変化をあらわすなら「飽きた」ということになるだろう。
ひどい言い方なのはわかっているが、それが現実。僕はひどい男だ。
くぅちゃんから手紙をもらうこともあった。「このままじゃダメになっちゃう。お願い…」そんな内容だったと思う。
僕はそれも無視をした。
そして。
だんだんと回数が減り、ここ半年は顔も見ていなかった。
最近ではくぅちゃんの存在も忘れかけていたのだが…
お店に着くとあのままだった。
くぅちゃんの笑顔。
「久しぶりだね」
一瞬で楽しかった記憶がフラッシュバックする。
罪悪感もなく笑顔になっているのが自分でもわかる。
今日はおごってくれると言う。
店員さんがお肉を僕に見せる。
「こちらでよろしいですか?」
あの時に食べていたものよりランクが上の肉だ。
「はい」
「焼き方はいかがなさいますか?」
「レアで。あ、あと付け合わせはオニオンでお願いします」
焼きあがるのを待つ間、ドリンクを注文したのだが、店のサービスだった。忘れていたのだが、常連客だった僕は最後の方にはドリンクをサービスでもらっていたのだ。
ステーキが運ばれてくる。
鉄板はジュージューと音を立てていた。
ステーキソースをかける。
匂いが立ち込めた。
フォークで肉を抑え、ナイフで切る。
一口目は小さめに。
口に入れた。
美味い。これだ。
久しぶりだからなのかわからないがとにかく美味い。
スピードを上げる。
あの頃のように、僕はガツガツと、ワイルドに、ナイフで肉を切り、口に放り込んでいった。
食べながら思い出していた。
そう、これが僕の好きだったくぅちゃんだ。
サイフを出さずに食事をしたのはいつぶりだろうか。去年もこうだったのかもしれないが、とにかく久しぶりだ。
ありがとう、くぅちゃん。
ごちそうさまです。うれしいよ。
店を出て。
「またここから。始めるのも悪くない」
自然にそう思えた。
だから、頑張ってくぅちゃん。
今はなんとか耐えて。
お願いだから。
またいつか来る。
その時まで。
振り返り、僕はくぅちゃんの顔を見た。
「くぅちゃん… 」
【一瀬 邦夫(いちのせ くにお)】
静岡県出身。幼少期から東京都墨田区に移り住み、日出学園高等学校卒業後、赤坂にあった旧山王ホテルに就職。コックとして修行を積んだ後、1970年に独立し、「キッチンくに」を開業。1985年に有限会社くにを設立し、4つの直営店の店舗展開に乗り出す。1994年に低価格ステーキハウス「ペッパーランチ」を展開し始め、1995年に株式会社ペッパーフードサービスに改称。2006年には、当時では史上最年長の64歳にして東証マザーズへの株式上場を果たす。2013年には立食形式の低価格ステーキハウスの「いきなり!ステーキ」を展開する。
「いい笑顔だ」
ゴールド会員の僕は、毎回黒ウーロン茶がサービスでもらえます。
さらに!なんと!誕生月にはUSリブロースステーキ300gがタダで食べれます!
いつもはワイルドステーキ300gだけど、今日だけはリブロース。
見てこれ!これがタダ!
ずっと行ってなかったけど、タダなら行くよネ~。
いやー、ありがたい。感動しちゃったな。
また来年、タダで美味いステーキ食べさせてね。
今は苦しいと思うけど…
がんばって!応援してる!
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