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<伊勢滞在記>井原 宏蕗(Ihara Koro)

はじめまして

12月11日から22日まで伊勢に滞在した彫刻家の井原宏蕗と申します。

私は主に生物の習性や生物が生きることで生み出される副産物などに着目し、それらを生き物が作った彫刻として自立させる作品を制作している。
彫刻家と聞くとスタジオに籠って黙々と作業をするイメージがあると思うが、私の制作は、スタジオから飛び出て、足を使って生物を観察したり、素材を集めたり、リサーチから始まる。
探す場所が変わると、たとえ同じ素材を集めたとしても、その表情や性質に共通点や違いがみてとれることがある。そこからその土地の文化や歴史的背景を感じることが出来るため、新たな場所に行くと思いもよらない発見があるのが面白い。
今回の滞在では、神様を祀る伊勢という特別な地域に、どのような生物が生息し、どのような活動をしているのかをみてみたいと思った。たとえ何かが見つからなかったとしても、きっと神がかった出会いや発見があるのではないかとドキドキしながら伊勢に向かった。

伊勢に来たのは2013年の式年遷宮以来、二度目のこと。
その時は特別な時期に駆け足での観光だったので、今回は日常の伊勢を時間かけてゆっくり感じたいと思った。また伊勢を拠点に周辺の地域で気になった場所にも足を運んだ。
ここでは滞在中に訪れた場所や思い出に残る経験を、なかば自分のためのメモのように、感じたまま書かせていただく。

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神宮

伊勢といえば伊勢神宮。伊勢だけでなく日本を代表する象徴のような場所であり、伊勢滞在中に最も頻繁に足を運んだ場所である。
滞在中盤には神宮司庁で、遷宮や伊勢神宮に纏わる話を聞くことが出来た。遷宮は二十年に一度の社の建て代わりのことではなく、それまでの二十年に及ぶ準備や祭事など、全てを引括めたものであることが話を聞くことでわかってきた。式年遷宮で新旧二つの社を見ただけで遷宮を観た気になっていた自分を恥ずかしく思いながら、伊勢では神様が日々の生活からずっと身近なものとして存在しているのだと実感した。
また “一”の付く日の朝8時に神馬が御正宮へ参拝する「神馬牽参」が見られる。滞在終盤の12月21日に外宮でその瞬間をみることが出来た。鳥居の前でしっかりと礼をする新馬に驚きを感じつつ、その神聖な姿にただただ心を奪われた。その目はどんなふうに世界を映しているのだろう。

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伊勢一刀彫

伊勢に行くことが決まった日、大学時代の先輩である太田結衣さんからお祝いの連絡が来た。太田さんは卒業後、伊勢一刀彫の職人として十年以上伊勢で活動をされている。今回の滞在で十数年ぶりにお会いすることが出来たのだが、そうとは感じないくらい自然に、そして穏やかな気持ちでお話をすることができた。思えば伊勢でお会いした方は、共通してそんな温もりを持っているように思う。その温もりはきっと伊勢に住むことで自然と培われるものなのだろう。伊勢一刀彫の職人さんは減少しているらしい。きっと色々な葛藤や想いの中で今まで活動を続けてきたのだと想像するが、唯一無二のその文化を守り、後世に残していこうとする意志と気概に改めて尊敬する。

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伊勢和紙館

伊勢和紙の存在を知ったのは恥ずかしながら伊勢に着いてからだった。実はここ数ヶ月、紙漉きを使った作品を考えていた私は何かに導かれたような運命的なものを感じ、早速、見学を申し出た。
伊勢和紙館に着いたのは丁度陽が暮れようとしている午後3時頃だった。職人さんが流しに向かって丁寧に作業する後ろ姿を、窓から差し込む陽がまるで後光のように照らしていた。天照大神に捧げるために作られる伊勢和紙は作業場から神聖な面持ちをしていた。残念ながら紙を梳く瞬間には立ち会うことが出来なかったが、仕事終わりの貴重な時間に私の今考えているアイディアを親身になって聞いてくれた。それだけで嬉しい。ここでの話はしっかり持ち帰って、いつか伊勢でお見せできるように頑張りたい。

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岩戸館の焼塩

同時期に滞在していたクリエーターの方々に誘っていただき、二見の焼塩を見学した。数年前にシチリアで塩田の見学をしたイメージで広大な天日干しを想像していたが、焼塩が作られる場所は、まるで陶芸の登り窯のような面持ちをしていた。その作り方は何も抜かず、何も加えない。ただ自然のままの状態から作られた塩。窯が放つ熱気と部屋に立ち込める白い湯気が話をより神秘的に感じさせる。出来上がった塩はそのまま海のような味だった。その自然のままの塩こそが我々の身体に必要不可欠なものであり、循環の一部にいることを改めて思い知らせてくれる。

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鳥羽市水産研究所

ARTobaのリンダ先生が連れて行ってくれた鳥羽にある水産研究所。思えば海の生物についてはほとんど調べたこともなかったので、ここで聞く話はとても新鮮だった。話を聞くまでワカメに雄雌があることすら知らなかったし、考えたこともなかった。ヒジキの減少は元をたどると地球の異常気象が影響しているらしい。海水の水位や水温、海の環境が海中だけでなく全ての生態系に大きく関わっていることを改めて思い知らされた。やはり全ての生き物が海から来て、今でも海と繋がっているのだ。いつか海の生き物を使った作品も制作してみたいと思った。

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熊野古道と本宮大社

熊野本宮語り部の会にガイドをお願いし、同時期に滞在したクリエーターと一緒に伊勢路の馬越峠を歩いた。3時間弱かけてゆっくり歩く道中は自然と歴史を直で感じる貴重な時間だった。そこには人が歩いた確かな痕跡が残されていた。そしてその道は語り部の会のボランティアによって整備、管理され、今も私たちが歩くことが出来ている。その情熱と惜しみない愛にただただ心が動かされる。その後、以前に熊野古道を訪れた際に行くことが出来なかった熊野本宮大社に向かった。これで巡り順は違えど熊野三社全てに足を運ぶことが出来た。

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金峯山寺と吉野水分神社

熊野古道は伊勢から熊野まで延び、本宮を中心に高野山と吉野山まで続いている。伊勢路を歩いた時にその続いた先にある吉野山が気になり別日に足を伸ばしてみた。吉野山というと金峯山寺が有名だが、この時期は秘仏の蔵王権現は扉の中。吉野水分神社はさらに吉野の山奥にある。境内は無人で一見すると寂れた印象を受けるが、“玉依姫命坐像”という国宝の神像彫刻が納められている。本当に滅多にご開帳がなされない秘仏であり、案の定、見ることが出来なかったが、死ぬまでに一度でいいから本物を拝見してみたい。とりあえず雰囲気だけ持ち帰る。

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内宮の日の出

伊勢の日の出というのは、夏至は二見の夫婦岩、冬至は内宮の鳥居から昇るらしい。伊勢滞在最終日の12月22日、暦としては冬至の次日であったが、伊勢滞在の記念として昇る朝日を観に行くことにした。すでに多くの人だかりができつつある鳥居の前で、6時半から陽が昇るのを待った。一番いい場所で三脚を立てている方は前日の14時からスタンバイをしていたらしい。その後も人だかりは増える一方だったが、朝熊山が昇る朝日を遮るからか、日の出予定時刻を過ぎてもまだ朝日は昇らない。感覚がなくなっていく足先を交互に踏み、軽い気持ちで朝日を観に来たことを若干後悔しつつ、その場で一時間ほどじっと待ち続けた。昇った朝日は今までにみた太陽で一番眩しいのではないかと思うほど強烈な光を放っていた。陽の光を寒さに耐えながら持った時間がそう感じさせるのか、朝熊山に隠れた陽が高い位置からいきなり射したからか、要因は色々思い当たるが、とにかくその朝日は人生で一番神聖で、一番眩しい光だった。
旅の締めくくりには劇的すぎるほど強烈な刺激を受けて、伊勢での滞在は幕を閉じた。

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おわりに

残念ながらここで全てを紹介することは出来なかったが、滞在中に多くの場所で素晴らしい経験をすることができた。滞在中の制作については、いつか伊勢で発表する際に作品とともに心置き無く話しができればと思う。
最後に日々緊迫する大変な状況の中で、快く受け入れていただいた伊勢市役所の皆様、一緒に滞在した素晴らしいクリエーターの皆様、滞在中にお会いした全ての皆様に感謝の気持ちを述べさせていただきたい。本当に貴重な時間をありがとうございます。

2021年 1月 井原 宏蕗
HP:http://koroihara.com/
Instagram: https://www.instagram.com/koroihara/
Twitter:https://twitter.com/koroihara


【伊勢滞在中の訪問先】
伊勢神宮外宮/内宮、神宮司庁、猿田彦神社、佐瑠女神社、菊池パール、伊勢和紙館、おかげ横丁、二見夫婦岩、岩戸館、賓日館、御塩殿神社、金剛證寺、天空のポスト、瀧原宮、多岐原神社、椿大神社、熊野古道馬越峠、尾鷲神社、花窟神社、熊野本宮大社、金峯山寺、吉水神社、吉野水分神社、鳥羽水族館、ARToba、鳥羽市水産研究所、鳥羽市立海の博物館、ミキモト真珠島、マコンデ美術館、神明神社(石神さん)、志摩スペイン村、道明寺、道成寺、慈光院庭園、室生龍穴神社、室生山上公園芸術の森、三重県立美術館、大室美術館、竹田城跡、神子畑選鉱場跡、生野銀山、姫路城、名古屋大学、他

【滞在期間】2020年12月11日〜12月22日

※この記事は、「伊勢市クリエイターズ・ワーケーション」にご参加いただいたクリエイターご自身による伊勢滞在記です。
伊勢での滞在を終え、滞在記をお寄せいただき次第、順次https://note.com/ise_cw2020に記事として掲載していきます。(事務局)